家鳴り
私が一人ベッドで携帯ゲームをいじくっていると、天井からミシッとかピキッといった音が聞こえてきた。画面から目を離し、頭の上を見やる。
「……」
音が継続的でないのを見届けて、再び画面に目を戻した。液晶の上で指を滑らせると、画面の中ではカラフルな球が連なって消えていく。
ーーミシッ。
ーーピキッ。
再び頭上で家が鳴り、天井を見上げて顔をしかめた。自分が幼い子供であればこの音を心底恐れたかもしれないが、家鳴りという現象を知った今は少々不快になる程度だ。再び画面に視線を戻す。
モンスターが鳴き声を上げて倒れるのを眺めながら、しかし、と思う。家鳴りという現象の、科学的な原因は知識として持ち合わせていない。母が「家鳴りだわ」と言っているのを聞いてそういうものもあるんだ、となんとなく納得していたし、大きな畏怖の対象ではないので興味もなかった。
明日、元理系の友人に聞いてみるか。
私は一つあくびをすると、枕元にスマートフォンを投げ置き、布団の中で丸くなった。
「家鳴り?」
「そう。正確には、風もないのに家からミシッとかピキッとかって音がする現象」
「俺も詳しくはわからんな。湿度が関係してるとは思うけど」
「湿度?」
「木材は湿気を吸収するから。含水率が上がると、膨張するんだよ」
「ほへ~。それで、膨らんだり縮んだりしてるから音が鳴ると」
「そういうことだ」
私は前から回されてきたプリントを友人の矢田島に渡しながら何度か頷いた。基本、大学の講義で席順が決められていることは少ないが、情報処理系のこの講義は必修科目に設定されており、席順が決められている。
「ちなみに、日本では怪異として家鳴りが昔から存在したんだぞ。小さな鬼が家を揺すっていると恐れられたらしい」
「ふーん。やっぱり昔の人も怖かったんだね」
「今でもポルターガイスト現象として、嫌がる人は嫌がるからな」
「家鳴りとポルターガイストって、何が違うんだろう。リズム感?」
「そんな陽気な幽霊がいるか。というか、そもそも区別するものなのか?」
「というと?」
「俺は幽霊とかの類はいないものと思ってるから、同じものを心霊現象として捉えるか、科学的に捉えるかの違いだけな気がする」
それを聞いて、私は不満気な顔を横に向けた。
「ちょっと~、勝手にいないことにしてもらっちゃ困るよ~」
「なんで幽霊が情報処理の講義を受けてんだよ」
「幽霊社会もいろいろ世知辛くて……」
私は手元のキーボードを人差し指でいじけたように叩いた。矢田島は呆れの混じった溜息をつく。
そこで、プロジェクターの横の先生が喋り出したため、二人は前を向いて講義を聞くことになった。