じゃんけん~右手の選択~
天野日向には好きな人がいる。それは自分の妹だ。名前は天野市花で、自分と3つ年が離れている。
このことは誰にも打ち明けていない、打ち明けると変に思われるからだ。
市花に告白する機会はいくらでもある、日向にないものは勇気だ。市花に嫌われたくないという思いでずっと隠している。
好きなものを好きと言えない自分が嫌いだった。何度も泣いた、ベッドのうえで涙を流した。
いつからだろう、市花の顔を見るたびに胸が苦しくなってしまい、市花を積極的に避けるようになった。
***
小林神南には誰にも言えない特技がある。それは大食いだ。ナクドナルドの特大バーガーを1分5秒で平らげるという大技を持つ。
このことは友人や家族には決して打ち明けない。それはそうだ、小林神南はクラスのマドンナだ、そんなことが知れ渡ってしまうと小林神南は一巻の終わりだ。
それでもその特技が自分でも面白可笑しく感じてしまい、休日誰にもバレないようにナクドナルドで特大バーガーを頼んでは食べる。
物事を誰かから隠した経験がないのに、自分は嘘つきなのだと最近にして思っている。
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そんな日向と神奈には共通点がある。それは『神さまを信じている』ことだ。
神さまに期待しているからこそ、いまの気持ちを曲げることができない。
決して2人は『幸福』という訳ではない、むしろ逆だ。2人は『不幸側の人間』だ。不幸だからこそ、神さま頼みをしなくてはいけない、そう考えている。
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「――で、終間は俺たちに何を望んでんだ?こんなことをしてんだ、尋常じゃないことぐらいは分かってる」
自分の置かれた状況を把握できず困惑するいま、遠山が男気を魅せる。その男気に惹かれるものはいるのだろうか、みんな自分自身でいっぱいだ。
「ちょっとしたゲームを···ね」
終間の言葉で一斉にクラスがざわつきだす。ゲーム、そんな軽いものなのだろうか。目の前には首だけの死体と首のない死体があるのに、これがゲームだと言えるのだろうか。
「ゲーム?」
「そ、えっと···出席番号1番と2番、前に出てきてください」
終間の声でクラスの全員が1番と2番を探した。
数秒後、その2人は自ら名乗り出た。多分、終間に抗うと殺されるからだ。
「はい、ちゃんと出てきて偉いですよ。これから皆さんにやっていただくゲームは···『じゃんけん』です!」
「じゃんけん?」
思わず茅音の口から漏れた言葉だ。
じゃんけんとはグー・チョキ・パーを出して勝負するあれのことだろうか、いやそんなハズがない、目の前にあるのは首だけの死体と首がない死体だ、残酷なゲーム決まっている。
「じゃんけん···は知ってますよね。君たちの持っている『拳』でグー・チョキ・パーの形を作って勝負する簡単なゲームです」
終間の説明でクラスの全員がざわつき始める。終間は死ぬということを言わなかった、こんなことをしておいて、ただじゃんけんをするだけなのはおかしいだろう。
「ちょっ、ま、待ってくれ。このじゃんけんには何の意味があるんだ?」
出席番号1番、名前は高来だっただろうか。高来は数分前、茅音の席の近くで騒いでいた、複雑な気分だ
「君が一生懸命護っているものはなんだい?最近も夜な夜なギターを触っているだろう?」
「ッ···」
高来にとって、中学生の頃から愛用しているギターは宝物だ。
高来がギターを始めた理由、それは音の素晴らしさを知った小学三年生の時だ。ソプラノリコーダーの美しい音色に魅力を抱き、休み時間や休日はリコーダーを吹いていた。
「···ギターなんて必要なかったんだよ」
高来は中学生になってもソプラノリコーダーを愛用した。アルトリコーダーの指の押さえ方は教科書を見て2日でマスターした、ただアルトリコーダーの低い音が嫌いだった。
「君は本当に音楽が大好きなんだね」
ある日、父親がギターを弾いているのを見た。響く音と滑らかな指使いに高来は見とれてしまった。それ以来、リコーダーの道を辞めギターに一生を誓った。
「人間一度は通る道だろ。『才能』があるから誉められる、なかったら親に怒られる。そうだよ、ギターなんて始めなくちゃ良かったんだ」
高来がギターをマスターしたのはギター購入から約1週間だった。当たり前のように親に誉められた、その時は盛大に笑えた。
「んじゃ、早いとこ始めようか――」
一度誉めれることがあると、親ってバカだからさ、それがこの子の『普通』と認識するんだよ。
「最初はグー、ジャンケン――」
それがダメだった。高来はギターに選ばれなかかった。リコーダーができて普通、でもギターはできない、それで高来の親は怒った。理不尽だ。
もしこれが『最期』なら、精一杯頑張って終わりたい。
高来は力強く右手を前にだし、精一杯と分からせるために目を閉じた。
「···どうやら君は、その『手』に選ばれなかったようだね」
高来はゆっくりと目をあける。高来はグー、相手はパーだった。
「負け···た···?」
高来の声から5秒も経たない内に、高来の両腕が爆発した。
「ぁ···が···」
高来の腕から大量の血が噴き出す。その光景を見た生徒たちは常人では出せないような叫び声をあげる。
腕から噴き出している大量の血と周りの悲鳴――まるで花火を見ているようだった。
「はーい注目ですよー」
終間の場違いの声を聞いても尚、数十人の生徒は叫ぶのをやめない。
「あのー、注目って言ったよねー?」
何人もの生徒が教室から出ようとしている。だが、扉は開かない。
「···俺はお前らに『注目』と言ったよなぁ?遠山、お前は聞いたよなぁ?」
怒りの眼差しで騒ぐ生徒を見る終間、騒ぐ生徒を遠い目で見つめる遠山。
遠山は目を瞑り、唾を呑み込んでから小さな声で言った。
「···あぁ、言った。お前はたしかに、今さっき『注目』と言ったよッ!」
遠山の圧し殺された声から2秒も経たぬ間に、扉に群がる生徒は『真っ二つ』になった。
四肢を肉眼では見えない紐で引っ張られているように見え、数十人の生徒はバラバラ死体へと変わり果てた。
「うっ、ぐぉっ」と汚い声を出しながら吐瀉物を吐く女子、男のクセに醜い顔で泣く男子――茅音は額から流れる汗を服の袖で拭う。
「お前ら···死にたくねぇならよぉ···終間の言うとおりにして、尚且つこの『勝負』に勝たなくちゃなンねェってことだ···ッ!」
言い終えた遠山は涙を流しながら、荒くなった息を留めることなく吐き続けた。
「···じゃあ次、行こっか♪」
終間の合図で茅音の背筋に寒気が走った。
始まってしまう。誰かが生き残り、誰かが必ず死ぬ『ゲーム』が――。