ハローエブリワン
宮月茅音にはコンプレックスがある。それは名前だ。茅音と聞いて浮かべるのは女性だろう、ただ宮月茅音は違う。歴とした男性だ。
女性のような名前で、何度同級生にからかわれらたことか、その為あまり人とは関わらないように意識している。
最初の頃は何度か弄られたかが、茅音が反応しなければ呆れて弄るのをやめる。友達もいなければ話し相手もいない。だから物忘れなどにはじゅうぶんと注意している。
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飯坂若菜には嫌いな人がいる。それは同じクラスの戌亥怒津だ。
以前、怒津に好きだと告白され、その時は緊張し自我を忘れフってしまってから、目線を感じるようになった。その目線の正体は1週間も経たずに分かった。怒津だ。
それが怖くて積極的に怒津を避けるようになったが、その分怒津が追いかけてくるようになり、最近では昔より遥かに近い存在になってしまった。だからいつも周りを警戒して過ごしている。
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そんな茅野と若菜には同じ点が1つある。それは『神さまを信じていない』ことだ。
神さまがいないから、自分は今もずっと苦労し悲しんでいるのだと自分を言い聞かせている。神さまがいないから、世界には不平等が存在するのだと。
神さまはいると言っても、それを証明できるものがない。神さまはなんでもできるのかと言われると、どうだろうと悩む。みんな神を信じていないから、明確な答えが出ないのだ。
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20XX年9月14日、夏休みが明けて弛んだ体がやっと復活してきたころ。ホームルーム前はみんな騒がしい。その会話の話題には、既に夏休みのなの文字も入っていない。
茅音は今日も孤独を味わいながら寝たふりをする。クラスの男子が茅音の席に凭れかかった。机が少し動き、腰が絞まって苦しい。早くどけよ、そんな言葉を発したらどうなるだろう、クラスの一部の目線が茅音を向いてしまう。そう考えると体が縮こまる。
早くチャイム鳴れよ、そう思った瞬間チャイムが鳴った。茅音は偶然の出来事に驚き、指がピクリと動いた。一瞬だけ、自分が世界を操ったように思えたからだ。
教室のドアが勢いよく開く。煩いよ、そう心の中で思った。ドアが閉まると、教室は異様に静まり返る。
どうしたんだ?と顔をあげると、予想もしなかった、茅音のクラスの担任田柳刃の首を持った少年がいた。
一瞬にしてクラスは悲鳴で溢れた。「どうなってんだ」「ドッキリだろ?」「この小さい子誰だよ」煩い、普段ならそう思うハズだった。いまは違う、自分の置かれた状況が分からなくなり、口だけではない、体も動かない。
「皆さんお静かに」
教壇に立ちクラスを一望したあと、少年はお辞儀する。
礼儀正しいなんて思ってはいけない、少年の目の前、教卓の上には田柳の首があるからだ。
「まずは自己紹介からですね。ぼくは『人類史上最大最悪の希望的事件』の主犯であり、世界の神である『小泉』の血を引き継ぐもの···名前は小泉終間です」
人類史上最大最悪の希望的事件、世界の神小泉。終間の言っていることが分からない。茅音だけじゃない、三組の全員が知らない。
「んー?あ、そうでしたそうでした、この世界ではまだただの事件、なんですね」
終間が笑う。何がそんなに面白いのか茅音には理解できない、理解しようともしない。
「この世界って何のことよ?」
誰が言ったのか分からないが、クラスの女子が言ったのは分かる。この世界、まるで終間の世界と茅音たちの世界は違うような言い方だ。いや、違うのは分かっている、生首を持って茅音たちの前に現れたのだから。
「いちいち説明するのも面倒ですね···。私は未来人です。そして将来、世界は滅びます。はい、これでいいでしょう。以降質問はいっさい受け付けませーん」
終間は笑った。その時の終間の目は印象的だった、真っ黒の瞳がドロドロに、グルグルになっていく。何だか自分がその目に吸い込まれ、終間のものになると感じた。
「ちょっ、待てよお前!演技は良い方と思うぞ、この田柳センの生首は凝った作りだ。だがな、設定が滅茶苦茶なんだよ、何が未来人だ世界が滅ぶだ、人類史上だがなんだかって?そんなふざけたモン来年の演劇部部長候補の俺はどうかと思うね!」
クラスのムードーメーカーの1人といえる関田が、大声をあげながら田柳の生首が置かれている教卓を叩いた。
部屋中に鈍い音が響き何人かの生徒は体が震えた。
「···うっるせェなぁ、関田ァ」
文句を言われ怒鳴られ頭にきたのか、終間はついさっきまでの陽気で礼儀正しいものではなかった。目には怒りの色、眉や鼻の上にはシワをよせ、口は引きつっている。
「ハッ、そんなショボくれた顔したってなんも怖くねぇぞ。早くネタばらししろ···や···え?」
赤い、赤外線か、赤外線が関田の頭に向かって延びている。赤外線が出ている場所は···終間の口の中からだ。怒鳴っていた関田では不思議に思い黙り、クラスの生徒も沈黙する。
「これだから何も知らないやつは面倒なんだよ!」
ボォン。教室内で鈍い音が鳴った。それと同時に、関田の首が爆発した。
血が飛び散り、前にいた生徒には赤黒い血がかかる。一瞬にしてクラス内は悲鳴で溢れた。茅音はポツンと今の状況を理解しようとする。
「黙れ!」そう叫んだのは二年生にして野球部のエース遠山だった。
「いま叫んで終間の気を悪くすると···関田みたいに、こ、殺さ、れるぞ···」
恐怖で涙を流しながらみんなを黙らせた遠山は勇敢だ。誰もが込み上げてくる恐怖を堪える。
「おぉ、君は遠山くんだね。流石野球部のエースだけある。でもね、君はいまピッチャーマウンドにいるんだ。キャッチャーのいない、バッターのいない、君以外に守備はいない」
その言葉が何を意味しているのか茅音には分からない、茅音だけじゃない、クラスの大半が分かっていない。その中で1人、理解している人物がいる、それは遠山だ。
「ファースト、セカンド、ショート、サード、レフト、センター、ライト···どこにも人はいない。ただそこにいるのは君だけじゃない、君のお父さんだよ」
遠山の指が微かに動く。遠山は震える手を抑えるためか手を握りしめ、終間に目線を合わせ叫ぶ。
「終間···とか言ったよな、ここで何をするかは分かんねェけどよ、俺はお前の泣いた姿を見ることが今の目標だ。覚えておけ」
「フフッ、いいよ、覚えておいてあげる」
静寂するみんなの前で2人は笑った。