アソコのチシキ
「よし、次はゴミ屋敷ネタでいく。亜久、今すぐ取材可能なゴミ屋敷、探してこい!オラ、なにモタモタしてんだよ!さっさと行けよ」
深夜番組「アソコのチシキ」プロデューサー・逆瀬川は、委託リサーチャー・亜久の背中を足蹴りし、会議室から追い出した。
ただでさえ予算の低い深夜番組。最近はマンネリ化もあって、視聴率も下がり気味。スポンサー離れも深刻で、逆瀬川のイライラは毎回、酷くなる一方だった。
外部委託リサーチャー・亜久は、毎回のネタ出しからロケハン、ゲストや逆瀬川のご機嫌取りまでほとんど、タダ同然のギャラで長年、こき使われている。
「ああ、もう我慢できねえ!辞める!辞めたらぁ、リサーチャーなんてよ!どうせ辞めるんなら、最後に逆瀬川に大恥をかかせてやるか…。だったら、この方法っきゃねぇな」
亜久は、以前、取材で知り合ったホームレスの跳田を呼び寄せた。彼の情報によると、もう5年ほど前から空き家になったある一軒家に勝手に住んでいるという。そこに適当な粗大ゴミを集め、ゴミ屋敷の主を演じてもらうことで話をつけた。
要は、よくあるヤラセだ。過去にも散々、ヤラセを強行し視聴率を稼いできた。亜久も言わば共犯者ではあるが、そうそう斬新なアイデアが毎回、出せるわけがない。そのたびに「演出の範囲だ」「イヤなら契約解除だ」との言い訳で、なんとか誤魔化されてきた。
夢を抱いて九州の片田舎からテレビマンになるべく上京してきた亜久。様々な現場を転々としたが、なかでも逆瀬川のパワハラは度を越えていた。
亜久は、心底疲れ果てていた。
かくして、ゴミ屋敷企画はスタートした。跳田扮する主が住む、本当は不法占拠状態のゴミ屋敷に、誰も知らないC級地下アイドル「イキルカシヌカ」のリーダー・カスミがゴミを毎回、半泣きで片付ける姿が笑いと感動を呼び、久々に「アソコのチシキ」は話題を呼んだ。
6回に分けて放送されたこのシリーズは好評を博し、局長以下、逆瀬川も上機嫌だった。
「逆瀬川さん。今回、けっこう良い数字取りましたよね?僕も苦労して、人脈を駆使して頑張ったんスよ。だから、この企画のギャラ、少し、はずんでいただけますよね」
上機嫌の逆瀬川は、しかしそんな亜久に、突き放すように告げた。
「ハァ?うっせえな馬鹿野郎!所詮、てめえは外部委託だろ?外様の分際でなに能天気なこと言ってんだ。リサーチャーなら、毎回、斬新で面白れえ企画を出すのが仕事だろ?」
なをも逆瀬川は、呆然と立ち尽くす亜久を前に、咥え煙草のまま持論を展開した。
「結果出すのは当たり前なんだよ。当たり前のことをしただけだから、ギャラのアップはねえよ」
いかにも自分の手柄かのように振る舞う逆瀬川の態度に、亜久の体内で、何かが吹っ切れる音がした。
「…よし、番組もろとも、コイツを地獄に落としてやる。俺はどうせ、辞めるんだ。辞める前のひと仕事だ」
亜久は、ゴミ屋敷が全てヤラセだ、と、今年の正月あたりからスクープを連発している、いまいちばん勢いがあると評判の、ある週刊誌に内部告発することを決めた。
「もしもし、週刊実体さんでしょうか?私『アソコのチシキ』関係者の亜久と申します。実は、こないだのゴミ屋敷企画、あれ、全部、ヤラセでして…」
番組は、スポーツ中継特番の関係で二週、放送休止になった。亜久はこの間、週刊実体の記者・宇村と打ち合わせを重ね、ヤラセ暴露の時期を虎視眈々と狙っていた。
裏取りや校正の関係上、掲載誌販売は二週後と決まった。
自分も関係者の一員ではある。しかし、なにより逆瀬川のパワハラの仕打ちとして、これで報われる、と思うと亜久は爽快な気分だった。
逆瀬川にバレないよう、荷物をまとめ、九州に帰る準備をする亜久。逆瀬川はこの間、スポンサーのご機嫌取りを兼ね、呑気に接待ゴルフに繰り出している。もう、未練はない。最後の自室の掃除を終え、二度とテレビ業界には戻るまい、と亜久は心に誓った。
「宇村です。明後日の新聞各紙にウチの広告が出ます。これまで、関係各位にバレてないですよね?その日から買えますので、一応、ご報告まで」
レンタカーの軽トラに乗り込もうとしていた亜久の携帯に、宇村から連絡が入った。
「おはようございます!えー、今朝はまず、この話題から。人気番組『アソコのチシキ』の好評企画だったゴミ屋敷シリーズですが、週刊実体のスクープにより、全てヤラセだったことがわかりました」
他局の人気ワイドショー司会者が、早速、ヤラセ疑惑を報じていた。
仲間の裏切りに、局長からの呼び出し、そして自宅の前ではいつの間にかレポーターに囲まれオロオロするしかない逆瀬川。もちろん、亜久の携帯に連絡を取るも、着信拒否されている。
亜久がしたたかだったのは、実家までは知らせていなかった点だった。この希薄な人間関係が仇となり、逆瀬川は亜久がどこに身を隠したのか、調べる術がなくなっていた。
「へっ!ざまあみやがれ。亜久って偽名で生きるのももう、終わった。俺の、リサーチャーとしての後始末は、これで終了だ!」
数年ぶりに実家の居間でくつろぐ亜久。都会では騒音にかき消されて聞こえ辛かったスズメのさえずりを背後に、亜久は、おもむろにチャンネルを変えてみた。
裏番組のワイドショーは、更に衝撃的な事実を伝えていた。
「C級アイドル『I』のK、独占告白!私はあの人気深夜番組『A』のプロデューサー『S』と愛人契約を結ばされていた!」




