ちっちゃな嘘とちっちゃな独白
あの日から数日経った朝……未だ現実と向き合う覚悟を持てずにいる。ラーメン屋に入って「ウチ、ラーメンやってないんですよ」と告げられるのと同じくらいのショック、またはそれ以上の衝撃の事実を彼女自身が語り物的証拠を突きつけられたのだから。だから、信じる信じない以前にそれが現実であることに不問はない。だけど、だけど俺は……そんな彼女の勇気ある行動に応えることはできない。
何故なら、俺は生粋の巨乳好きなのだから。彼女が虚乳だと理解したその瞬間、彼女を想う俺の心が冷めかけたしまった。そして、今この瞬間も……。
「お〜い柔成!初戸ちゃんが玄関で待ってるぞ~。早くしないと
行っちゃうぞ~。あ、ちなみにこの場合の『行く』に卑猥な意味は含まれないからな。変なコト妄想してたら初戸ちゃんのDEKAPAIを揉みしだくからな、余すとこなく徹底的にね……デゥヒヒヒヒww」
今この瞬間は、柔花のセクハラ発言に冷めきったけど。
Π
「おはよう、柔成くん」
「オ、オハヨウ初戸サン」
初戸さんの穏やかな笑顔が、心に沁みこむ。この笑顔を見るたび、やっぱり初戸さんは理想的な巨乳の持ち主だなぁ、と思う……PADでなければ。
「おはよ〜ぅ、デカパ……初戸ちゃん!」
「お姉さん、おはようございます。前に見せていただいた漫画の進捗はどうですか?とても面白かったので私、あの続きが待ち遠しいのですが」
「あ〜……あれね、うん、入稿は終わったんだけどね……初戸ちゃんが読むものじゃないというか刺激が強すぎるというか……(小声)」
「?」「いや、何でもない何でもない」
「ともかくお姉さんの漫画が読める日を楽しみに待ってます。『コミケ』……でしたっけ?頑張ってくださいね、私も暇ができましたら手伝いに行きます」
澱みひとつない応援の言葉。そんな初戸さんの純粋さに気圧され、母国語がなんJ語だと豪語する柔花も思わず欲望のない笑みをこぼし、ありがとう、と言った。だけど姉よ、そこはやんわりとでもいいから断ってほしかった。
そんなこんなでダベって歩いているうちに学校に続く大通りに出た。道沿いに連なる桜の木は蕾を大いに膨らませて開花の時を待っている。
「あ^~いいっすね^~、こういう咲きかけの桜ってアタシ好きなんだよね」
俺の右隣に立ってそう姉が呟いた。
「なんで?」
「なんか蕾を見てると興奮してくる、二つ並べばなお良し」
理解してはいけない。黙って俺は腕を組み、静かに目を閉じた。
巨乳ーーその甘美なフレーズに魅力され始めたのは忘れもしない小学3年生の時。
それまでの俺は巨乳の二文字とは無縁の純朴な少年だった。女友達とも鬼ごっこをしてたし自由帳のお絵描き大会に飛び入り参戦することだってあった。 だがある日、俺は見つけてしまった。
父の書斎に置かれた、やけに奥行きのある棚の奥から覗く、数えきれないほどのマニアックな同人誌を。
元々父が年季の入ったオタクであったことは知っていた。だが、まさかあそこまで『巨乳』に偏った性癖の持ち主だったとは誰が思うだろうか(だから母を選んだのか……)。
そしてそれらを手に取った俺は瞬く間に巨乳娘の美しさ、豊かさ、そして包容力に引き込まれてしまった。全ての同人誌を読み切った頃には俺のピュアハートは派手に爆散して、代わりにヘンタイハートがでんと居座る結果となってしまった(うんうん……改めて思い出すとホントひどいキッカケだ)。
加えて生来の巨乳好きである姉の熱血指導もあり、当初の俺は布教という名の変態発言連発で周囲に引かれていた。中学時代には巨乳を極めた男として俺を慕ってくれた同志としかまともに話すこともなかった。
だが一念発起。俺は地元を離れ、猛勉強の末に東京都立の進学高を受験、そして見事合格を掴み、アパートでの一人暮らしを始めた。
それも全て巨乳と煩悩で埋め尽くされた人生を変えるため、変態の俺を知らない人たちと第二の人生を送るためだ。
それからの俺は姉が転校してきたり、時折押し寄せる欲望の波をせき止めたりしながらもごく平穏な高校生活を送っていた。
そして1年生の終業式の日、ついに俺に運命の出会いがーー。
「ーーい、柔成くん」
「えっ⁉︎」
ハッとして目を見開く。知らないうちに自分の世界に入り込んでいたらしい。
「大丈夫?突然目を瞑ったと思ったら顔を歪ませて苦しんでたようだけど……」
初戸さんが心配そうに上目遣いで俺の瞳を見つめている。
う……見事な山景。今すぐにでも写真に撮りたいがここは踏ん張らなければ。
「ダ、ダイジョブッス!全然心配シナクテエェッスヨ、ア、シナクテイイッスヨ!」
「そう、なんだが汗びっしょりだよ?春なのにさ」
そう言うと初戸さんはスカートのポケットからハンカチを取り出し、体と一緒に双子山をずいと近づけ俺の汗を拭き取ろうとし始めた。その距離、実に10cm。
「ダイジョブ!ジョブダカラ!」
「う、うん……それならいいけど」
怪訝そうな声色を出しつつも、初戸さんはなんとか了承してハンカチをポケットに戻してくれた。
…… 危なかった。PADだとわかっていてもやはり耐えるのは難儀だ。全く、人類はなんてモノを創り出してしまったんだ。これじゃまるで対俺殺傷兵器じゃないか。
意図せず小さなため息が漏れる。
どうして神様は初戸さんに巨乳をお与えなさらなかったのだろう。この子ほど巨乳の似合う女の子は他にいないだろうに。人類史最大のミスだよ、これは……。
すると肩に何かがポンと乗っかった。柔花の掌だ。
「まぁ、落ち着け柔成。弟者であるお前の悩みは姉者ことアタシの悩みでもある。だからあとででいいから何でも相談しな。アタシがどんとパーフェクトアンサーしてやんよ!」
「柔花ぁ……!」
お前、こんなところで久しぶりに姉らしいことを……。ヤベ、涙出そうだ。
「そして、お前の欲望はアタシの欲望でもある」
「……は?」
再び柔花は嫌な予感しか漂わない言い振りを見せた。そんな柔花の瞳はダイヤモンドも霞むくらい輝いている。
「つまりだ。さっきお前が抱いたであろう『ハァハァ……初戸タンの双子山、登山したいお……』という欲望、アタシが代わりに叶えてやろう。つまりアタシが初戸ちゃんのモミモミするということだ。あぁ、心配は無用だぞ。同性間の胸揉みなんてある種のスキンシップみたいなもんだからな……これこそ合法セクハラァ!フヒヒヒw」
「柔花ァ……‼︎」
ちょっと涙出ちゃったじゃないか、感動返せ。
「てな訳でその欲望を今日中に叶えてやる。場合によっちゃ緊縛してでも……あっ、緊縛モノ次の同人誌で描こうかな」
「おいやめろ!てか俺はそんなことこれっぽっちも思ってないわ!」
「聞く耳持たず!それじゃあお姉ちゃんと一緒にダッシュで登校しようね、初戸ちゃぁん」
「え?あ、はい!」
「あ、待てやセクハラ姉貴!初戸さん返せゴルァァァァ!」