プロローグ~ちっちゃな嘘とちっちゃな決意~
「……え?」
第一声は驚嘆の疑問符だった。だがそれも仕方ないこと、なぜなら俺はたった今、彼女から人生最大の衝撃的な告白をされたのだから。
「コレは本当なの?初戸さん」
体の震えが止まらぬうちに彼女に詰問する。彼女の掌の中にあるコレ――瞳に写るコレがどうしても信じられない。
何かの間違い……そうだ、そうに決まっているよね、初戸さん。
初戸さんは小さく、頷いた。
「ごめんね……柔成くん。いつかは言おうと思ってたんだけど……うまく言い出せなくて……」
昼下がりの自然公園のベンチの前、肩を震わせすすり泣く彼女の目の前で世界の重力が狂い始めた。たとえるなら「めのまえ が まっくら に なった」。そんな苦境が俺を襲った。
落ち葉のように揺れる世界、それを振り払うように俺は歯を食いしばって目を瞑った。
エゴな絶望に飲まれてちゃだめだ。今この場で一番つらいのは御法川さんなのだから。
肺の中の空気を力の限り吐き出し、声帯を無理やりこじ開ける。
「ぜんぜん!まったく問題ないよ!」
「柔成くん……」
そうだ、恋ってのは盲目だ。だがその盲目さこそが人の長所を際立たせ短所を愛おしさに変えてくれる。だから、「コレ」だってむしろ彼女の愛らしい特徴なんだ。
「PADだったって、俺の愛は変わらないよ!」
叫び声のような言葉が響く。
――あぁ、これでもう戻れない。
俺は罪悪感に心をむしばむ隙を与えず、続けざまに声帯を動かした。
「た、確かにさぁ!俺は男だし胸は大きい方が好きだよ!で、でも初戸さんに関してはそんなこと関係ない!うん関係ない!俺は初戸さんの全てが好きだからね!癒し系?な性格とか、優しいところとか、す、素敵な笑顔とか……あ、あと俺の作った大根入りみそ汁おいしいって言ってくれたこととか、あと、あ、と、初デートの時さ、あ、遊園地行った時さ、俺前日までしっかりデートプラン練ってたのに全然計画通りにいかなくて、結局乗れたのはジェットコースターと観覧車で見たかったパレード見逃しちゃったじゃん、でも初戸さん帰りに俺とデートできたことが何より楽しかったって言ってくれたじゃん、あれ言われたとき俺、初戸さん本当に落ち込んでたからすごい救われたんだよ、だからそんなの全然関係なくて俺も同じように初戸さんと一緒に今日みたいにデートできたことが何より楽しいっていうか……お、俺にとって初戸さんっていうのは――」
「柔成くん」
初戸さんの一言ではっと目を覚ます。
まず瞳が捉えたのは顔を赤くして俯く初戸さんだ。口をぱくぱくとさせて何かを僕に伝えているように見えた。
――まさか。
唇の震えも止まらないまま周りに目をやってみた。
近くの広い草はらで遊んでいた幼稚園児は呆然とした表情でこちらを見つめている。
右隣のもう一つベンチで寝ていた寝ぐせのついたサラリーマンは肩をびくつかせて寝ぼけ眼でこちらを眺めている。
ジョギングしているジャージ姿のおばあさんが目を丸くしてこちらを見ている。あー……あれ、お隣の斉藤さんだ……。
言葉が響いていたのは、心の中だけじゃなかった。どうやらここら一帯にも響いていたみたいだ。
「あ、わ、わた、あ、私、わたわた、わたわたわたわたわた――」
初戸さんの紅潮度がさらに増してきている。
「ち、違っ、別に大声なのは勢いあまったっていうか、ちょっ、初戸さん!?」
女子走り。だが恥ずかしさのなせる技か、猫のように早い。いつも運動していないとはいえ、男子の俺が追い付けない。
彼女の影が、遠ざかっていく。
そして何より、いつものように揺れていない。
「初戸さん、カムバァァァァック!」