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第八章 俺の『星』はここにある

沈黙が辺りを支配した。

耳だけでなく、顔全体が熱くなるのを感じながら、椋介はランの返事を待った。

ランは、椋介をじっと見つめたまま動かない。

 ランが口を開くまで待とうと決めた椋介だったが、いつまでも固まったままのランに、内心焦りを感じていた。

告白した次の瞬間に、結婚を申し込むなどという非常識な行動に出たのだ。唐突に感じて当然だろう。ほんの三年前まで、椋介はランを憎しみと怒りの対象としか見ていなかったのだから。

だが、ランの真意を知った三年間、アトル達と騎士団学校エクエスアカデミアで切磋琢磨し、王都に住む様々な人達に出会いながら、椋介は己の心を整理していった。

 その過程で、いかに自分が子どもであったかに気づき、また、折に触れて、地球にいた頃を思い出した。父や母のこと、翔や蓮、学校の友達、先生、椋介が出会った人達。そして、ラン。

 彼女は、女王だ。彼らのことを思い出して、泣く事もあるだろう。立場上、その弱さをこの惑星ほしの人間に見せることはできない。そして、この惑星ほしを統べる以上、多くの困難に見舞われるだろう。その辛さや苦しさを誰にも見せず、一人で耐えていくのかと思うと、椋介の胸は締め付けられた。

 女王としての彼女を支える人間はたくさんいるが、ラン自身を見てくれる人間はそう多くはないのではないだろうか。

なら、自分は、その一人になりたい。できるなら、彼女のそばで。泣いていても抱きしめられるような距離で。

「・・・あー、恋人期間すっとばして、いきなり結婚してくれって言われても困ると思うけど、俺にとっては、その、お前のそばにずっといられるからで・・・。いや、そばにいられても結婚できないってのもそれはそれで嫌だけど・・・って何ってんだ俺は。」

 ランの沈黙に、とうとう耐えきれなかった椋介は、頬をかきながら、自分の想いを口にする。だが、頭に浮かんだことを何も考えずに口走ってしまったためか、自分でも何がいいたいのかよく分からなくなってしまった。思った以上に動揺しているらしい。

「はい。私、ラン・シエル・ウォータリアスはその申し出を受けます。」

「え。」

そのため、ランの口から出た言葉に咄嗟に反応できなかった。

「・・・いいのか?下手すりゃ十年待つことになるぞ。」

涼介からでてきた言葉は、その直前まで言っていたこととは真逆の、弱弱しさを含んだものだった。

「うん。いいよ。」

その言葉に怖気づく様子も見せず、ランは頷いた。

「周りの人間に認められて、確実に大公―お前の、夫になれる保証もない。」

十年というのはあくまで目安だ。団長オーザになるために努力は惜しまないが、どう転がるか分からない。口にしたとはいえ、そんな不確かなもので十年待ってくれというのはいくら何でも虫がよすぎるのではないだろうか。

「でも、決めたんでしょ?」

椋介の不安を払拭させるかのように、ランはふわりと優しく笑う。

「・・・あぁ。」

不安を胸に渦巻きながらも、椋介は諦めるつもりはなかった。断言する椋介に、ランは笑みを浮かべたまま言った。

「なら、私はリョウちゃんを信じるよ。大公になれるって信じてる。」

ランは、信頼の眼差しを椋介に向けた。

「私ね、もう自分を押さえるのはやめにする。欲張りになることにしたの。女王として、だたのランとして、どちらもとれる生き方をしようって。それができなくても、それができる努力をしようって思ったの。」

背筋を伸ばし、凛とした表情でランは告げた。そして、両手を広げ、椋介を抱きしめた。

「私、待ってる。ずっと、待ってるから。」

耳元で囁くその声は、微かに震えていた。

 ランとて不安なわけがない。これから婚姻話も各国から持ちあがってくるだろう。それを十年、どうにかしてかわさなければならない。約束よりも不確かなもので彼女を縛るのは気が引けたが、何もしないまま後悔するのは嫌だった。

 椋介は、ランの背中に手を伸ばし、力を込めて抱きしめる。

この腕のなかにある、強くも弱く、儚くも凛々しいこの存在を離したくなかった。


 抱き合う二人を、白壁の隙間から漏れる西日の光に照らされた三つの像が、穏やかに見守っていた。



 翌日、王都アルモニアは、千年式典で沸き立っていた。

家々や店の軒先には、ウォータリアス王家の象徴である花、スノーベルが飾られ、赤茶の煉瓦でつくられた王都中を白く彩っていた。風に乗って、四つの白い花弁が一斉に揺れる。

建物とおなじく、煉瓦の石畳でできた大通りを、着飾った王都中の人間が一様に同じ方向を向いて歩いていた。

その道の先には、王城、スフィア・パレスがある。皆、女王の姿を一目見ようと、祭り以外は滅多に着ることのない晴れ着を着て、にこやかな笑みを浮かべながら歩を進めている。

むせかえるようなその人波のなかに、椋介はマーガレット、アトル、サガとともにいた。

 式典は、王城のバルコニーから女王が現れ、集まった民の前で演説をするのだ。その後、女王は各国の使者を王城内で迎える。

また、王都では、ウォータリアスの千年を祝って、祭りのような騒ぎになる。

「それにしてもすごい人だかりね。」

マーガットが首の辺りで二つに結った胡桃色の髪を揺らしながら、人波を見渡す。

男や女だけでなく、老人から幼い子供まで、老若男女が集まり、大通りを歩いていた。

「あ!ヴォルクードにラーマ、アガタにコルキス。ウォータリスの四大国が揃ってる。すっげー!」

興奮したように目を輝かせるアトルの視線の先に目をやると、そこには、十三の国が存在する惑星ウォータリアスのなかでも大国といわれる四つの国の人々の集団があった。

女性も男性もズボンを穿き、白を基調とする動きやすそうなかっちりとした衣装が目立つヴォルクード。金髪や銀髪、青い目という宝石のような髪と目の色にも関わらず、真面目で実直な雰囲気が漂っていた。

ヴォルクードは、王都から北に位置する。冬ともなれば、大量の雪が降る厳しい土地柄だが、優秀な軍人が多く、ヴォルクードで生まれた子供の大半が軍人を目指すと言う。

褐色の肌に、緑や黄色、橙、桃色など、濃く鮮やかな色使いでゆったりとした衣装を着たラーマ。男のなかには上半身裸の者や肩袖だけひっかけている者もいる。

南に位置するラーマは、漁業が盛んで、王都に運ばれてくる塩や魚介類は、ラーマ原産のものがほとんどだ。また、音楽も有名で、王都にやってきて、貴族に雇われたり、弾き語りを専門の職とするラーマの民もいる。

 地球でいう中国の衣装を彷彿とさせる、服の袖と丈が足首まである長く赤い衣装。それに身を包むアガタ。女性も男性も髪を長くしており、女性は髪を後ろに流し、男性は結いあげて丸く髷のような形にしている。

 アガタは西に位置し、その蔵書は惑星ほし一を誇ると言われている。また、文具―羽ペンやインク、紙、定規など―の生産地として名を馳せていた。アガタ産の羽ペン、紙はアルモニアでも人気が高く、貴族だけでなく平民にも使われている。

 まるで星のない夜空のごとく黒一色の衣装を身にまとうコルキス。女性は黒の布で髪全体を覆い、男性は四角い帽子を被っている。しかし、その衣装の中央部分には、芽を模した紋様が青い糸で刺しゅうされている。

 コルキスは東にあり、周辺を砂漠で囲まれている。だが、地下水が豊富にあり、人々が住む場所には、緑と水が絶えないという。

コルキスは、砂漠などの乾燥地帯に強いカペラという動物がいる。二本の角を持ち、白い体毛に覆われた、地球の馬に似た顔立ちのその獣は、食糧として、また、コルキスの人達の足としても使われている。乾燥地帯のためか、甘い物は特に重要視されていて、果物の栽培や砂糖作りにも力を入れている。そのためか、菓子作りにも熱心で、領主テリーチャーが治める主都では、菓子屋が何軒もあるという。そんな国だからなのか、男性も女性も甘い物が大好きだ。


「千年式典だからな。やはり特別なのだろう。」

サガも興味深そうに辺りを見回しながら、足を進める。

 やがて、人の流れがゆったりとしたものに変わった。目線を上に上げれば、大理石でつくられた白亜の城が姿を現した。太陽の光に照らされ、城は白銀に輝いている。

三つの尖塔の天辺には、黄色を下地にして、ウォータリアスの紋章が銀で描かれおり、その紋章の上下には赤い線がひかれた旗が風にはためいている。

「うわ、かなりの人数ね。バルコニーが遠くに見えるわ。これで女王陛下が見えるかしら?」

王城の前には、多くの人間が集まっていた。

マーガレットの言うとおり、椋介達からは、女王が演説をするバルコニーは見えるが、人が立っていてもその顔まではっきりとは見えないような位置にあった。

「店の二階に移動したほうがまだ見えそうだな。」

「でも、絶対二階にも人だかりができてると思うぜ。おっ、あそこなんかどうだ?」

アトルが指さしたのは、王城の左側に植わっている大木だった。その周辺には、人々がごったがえしている。

「ちょっと、あんなところに四人もいたら、目立ってしょうがないじゃない!」

マーガレットが目を吊り上げた。

「でも、ランの晴れ舞台だろ?お前だって見たいんじゃないか?」

アトルの言葉に、マーガレットは声を潜めて鋭い声で制した。

「大きな声で陛下の名前を言うんじゃないの!誰かが聞いてたらどうするの!」

「平気だろ。この人ごみの中じゃ、誰が何言ってるかわかんねえよ。」

アトルに言っても無駄だと感じたのか、マーガレットがサガと椋介を睨みつけるように見る。

マーガレット、アトル、サガの三人は、椋介とともに王宮の内紛に巻き込まれた際に、ランと椋介の関係を知った。もちろん、ランの素の性格も知っている。また、三人はランの友人ともなっていた。 そのため、アトルはランを気安く呼ぶことに抵抗がない。そして、彼らもランが神の血をひく者ではなく、人間であることを知っている。

『血を誇り、けれど血に驕らず、ウォータリアスの未来を創る者(貴族、平民問はず)』のなかに、マーガレット、アトル、サガも入っているからだ。

しかし、街中で女王の名を呼ぶことは、王族の権威を落とすことにもつながる。

マーガレットはそのことを危惧して、アトルに厳しく言ったのだ。

「アトル、念のためだ。彼女のことは陛下と呼べ。」

「へーい。」

サガに言われ、アトルは肩をすくめた。その動作に了承を感じ取ったサガは、首を椋介に向け、問いかけた。

「リョウスケ、どうする?あの木に登ってみるか?」

椋介は大木を見る。ちょうどあつらえたかのように、太い枝が四人分伸びている。あそこなら、ランの顔もはっきり見えるだろう。

「登るか。」

「えぇ!?」

本気なのかという目で、マーガレットが椋介を見た。

「マーガレット、俺達はただの一市民だ。騎士エクエスになったわけでもないし、そう気にする事もないだろ?女王見たさの連中だって思われるだけさ。」

マーガレットは眉を寄せる。もうひと押しだと椋介は思った。マーガレットだってランの顔を見たいに決まっている。だが、自尊心の高さがそれを邪魔しているのだ。

「アトルも言っていたが、お前だってランの顔を見たいだろ?」

しばらくして、マーガレットは小さく息をついた。そして観念したように呟いた。

「・・・・分かったわ。」


大木によじ登った椋介達は、それぞれに太い枝に足をつき、緑の葉の茂った細い枝に手をかけると、体を支えた。

 その時、人ごみのなかから大きな歓声が上がった。

「いた!!」

アトルが嬉しそうな声を上げる。

二十人が並べんでも広いバルコニーに、ランが姿を現したのだ。

 ランは、瑠璃色に染まったドレスに白い帯を身につけていた。黒髪を結いあげ、額にはウォータリアスの紋章のはいった銀細工のティアラを嵌めている。

ランは、にこりと笑みを浮かべ、集まった人々に向かって手を振った。 耳が痛くなりそうな歓声が、椋介の鼓膜を揺さぶる。

歓声が静まった頃、ランがすっと口を開いた。

「皆さん、お忙しいなか、この場にお越しくださりありがとうございます。空は晴れ渡り、とても良い陽気です。このような天候になったのも、ウォータリア神の加護と思います。」

千年式典を祝うランの言葉を聞きながら、椋介は、ランの凛とした横顔を見つめていた。

 ランの顔を見るのは、今日が最後かもしれない。騎士エクエスとなっても、王宮の警護を司るエナ隊に入れるとは限らない。

そうであるなら、再び会うのは、おそらく十年後だ。椋介は、演説が終わるまで、ランから視線を外さなかった。


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