表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

第二章 全てはそこから始まった

「幸せ」と聞かれ、思い出したのは、四年前のことだった。

四年前、椋介は、小金井沢高校に通う普通の高校生だった。

底冷えする二月のある日、部活帰りの椋介は、ヨーロッパの中世時代に似た服を着た三人の男と藍―高校に入ってからは疎遠になっていた幼馴染―が、通い慣れた道の脇で相対しているのを見た。

藍の表情からは、困惑と怯えが見て取れた。

いくら疎遠になっているといっても、幼馴染だ。椋介は、ほとんど反射的に藍の前に立っていた。

「こいつに何か用ですか?」

三人の男は、一様に灰色のコートを着ており、また、黒のロングブーツを履いていた。首元まで覆うシャツだけは色が違い、それぞれ、白、黒、臙脂と異なっていた。

まるで映画から抜け出したかのような男達の姿に、一瞬、劇団員かと勘繰るが、彼らの放つ雰囲気が違うと告げていた。それは、安穏と暮らしている椋介でも分かるような『戦っている』気配だった。

すると、三人の内の一人―黒の短髪で目元に傷のある男が、口を開いた。

「・・・今日はここで失礼します。ですが、時間はあまりありません。また、参ります。」

そう言って、男は一礼する。

黒髪の男に合わせるように、二人の男―長く伸ばした赤髪を束ねた優男と、その二人よりも年若い金髪の男も頭を下げた。

三人は、そのまま振り返らず、道の向こうへと消えていった。


「月島、大丈夫か?」

何事も起こらなくてよかったと思いながら、椋介は藍を振り返った。

「うん、大丈夫。ありがとう。」

藍の表情に硬さは抜けていなかったが、幾分、ほっとしたような笑みを浮かべていた。

こうして二人で話すのは、中学生の時以来だ。何とも言えないむず痒さを感じつつ、それを振り払うかのように、椋介は口を開いた。

「あいつら、お前に何か用だったのか?」

すると、藍は、軽く眉を寄せて首を振った。

「分からない。いきなり、私のことを『陛下』って呼んで、一緒に来てくださいって言われたの。」

「何だそりゃ?」

まるでドラマか小説のような台詞に、椋介は思わず顔を顰めた。

新手の誘拐か、詐欺か。どちらにしろ胡散臭いことに変わりはないが、何とも奇妙な連中だ。

「それから、この星は地殻変動で滅びるって。」

さらりと言い放たれた言葉に、椋介は深く考えず、問い返した。

「星?地球ってことか?」

「うん・・・。多分。」

藍は、顔を曇らせ、頷いた。

「お前、それ、信じたのか?」

地球が滅びるなんて、映画じゃあるまいし。椋介は、そんな嘘で藍を連れて行こうとしたあの三人を、心の底から馬鹿にした。

「そうじゃないけど。ただ、あの男の人が嘘をついているようには見えなかったから。」

(おいおい。)

藍のその言葉に、椋介は、内心、疲れたように息を吐いた。

「お前なぁ、それは信じてるって言ってるようなもんだろ。」

「そうなの?」

首を傾げる藍に、椋介は力強く返した。

「そうだ。っていうか、地球が滅びるなんてあるわけないだろ。あったとしても、もっとずっと先。俺らが死んだ後だよ。」

全く、信じやすいというか、お人よしというか。いつか、騙されるんじゃないだろうか。

別の意味での不安を感じながら、椋介は、高校指定のショルダーバックを肩に背負い直し、不安そうな表情を浮かべている藍に言った。

「月島、夕飯、家に食べに来るか?」

「え?」

「親父さん、この時期、帰りが遅かっただろ?変な奴もいるし、家に一人でいるより、俺の家にいたほうがいいんじゃないか?・・・母さんも喜ぶと思うし。」

じっとこちらを見る藍に、居心地の悪さを感じながら、椋介は言葉を紡いだ。

藍の父―月島智さとるは、宇宙物理学の教授だ。二月は大学入試があり、何かと忙しい。

かつて、父子家庭である月島家を慮って、母・叶恵かなえは、幼い藍を家に泊めることもあった。今は亡き父と、母、藍。四人で食べる夕食は、いつもより豪華で、椋介は密かにずっと続いてくれればいいと思っていた。

「どうだ?嫌なら別にいいけど・・・。」

提案したはいいが、やはり急だったかもしれない。口にしながら、椋介の口調は急激にしぼんでいく。

何かを考え込むように俯いていた藍が、しばらくして口を開いた。

「おばさん、迷惑じゃないかな?」

「へ?」

断られると思っていたが、母に迷惑をかける、かけないを心配してのことだと分かり、椋介は、思わず拍子抜けした声を上げる。

「別に平気だろ。今さら一人増えたところで問題ねぇよ。」

「それは、椋ちゃんの考えでしょ。」

幼子を叱るような目で、藍が椋介を見る。表情とは裏腹に、口調は優しく、本気で怒っているわけではないことは一目瞭然だった。

「じゃぁ、どうすりゃいいんだよ。」

昔の呼び方で呼ばれ、懐かしさがこみ上げてくるのを感じながら、椋介は藍に問う。

「おばさんに聞いて、大丈夫だというなら来ます。」

すっと姿勢を伸ばし、藍は大きく頷いた。

「分かったよ。ちょっと待ってろ。」

小さく息をつき、苦笑しながら、椋介はバッグの中から携帯電話を取り出し、家に電話をかけた。

数回のコール音の後、叶恵が電話に出た。

『もしもし、海野です。』

「あ、母さん。俺だけど。」

『俺、じゃわかりません。名前を言ってください。』

その言葉に眉を顰めながら、わざと、椋介はゆっくりと言った。

「りょう、すけ、だ、け、ど。」

『あら、どうしたの?電話なんて珍しいわね。明日は雪かしら。』

楽しげな叶恵の台詞に頭痛を感じながら、椋介は用件を伝えた。

「あのさ、月島、じゃない、―藍をさ、夕食に招待してもいいかな。」

『え?藍ちゃんを?懐かしいわねぇ。小学校の時以来かしら。』

「で、いいか?」

『別に構わないわよ。でも、急にどうしたの?あんた、高校に入ってから、藍ちゃんとほとんど話してなかったじゃない?たまに、学校に行く時に一緒になっても、挨拶もしないで先に行っちゃうし。』

余計なところを見るな、と思いながら、実際、事実なので椋介は何も言えなかった。

『あ、まさか。告白して恋人になっちゃったとか!?あらあら、そうならそうと言ってくれればいいのに。』

「違う!!」

叶恵の恋人発言を、椋介は即座に否定した。どこをどうしたらそんな話になるのか、全く理解できなかった。

「藍が変な連中に絡まれてて、家に一人でいたんじゃあぶないかもしれないから、夕飯だけでも一緒にどうかと思ったんだよ。」

『・・あら、それは怖いわね。いいわよ。家に連れてきてらっしゃい。腕によりをかけてごちそうするわ。』

叶恵は納得したらしく、さらりと応じた。

「あぁ。じゃぁ、頼むな。」

精神的な疲れを感じながら、椋介は電話を切った。

そして、隣に立つ藍のほうを向いた。

「いいってさ。」

椋介の言葉に、藍は軽く目を見開いた。

「そっか。・・・じゃぁ、ご相伴に預かろうかな。」

「おう。」

目を細めて微笑む藍に、椋介はにっと笑った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ