表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

第一章 幸せかと、その女性(ひと)は聞いた

後半から、災害の描写が入ります。

苦手な方はご注意ください。

王都、アルモニアから南へ20キロメートルの場所に、それはあった。

周囲に、蔦や雑草を張り巡らせた石造りの建物。

三角屋根が特徴のその建物は、地球で言うところの教会に似ていた。

白い岩石で作られたそれは、千年も経っているとは思えないほど美しく、しかし、その年月の重みを感じさせるほどの重厚感に満ちていた。

雑草を踏み越えながら、椋介は、扉のない入り口に足を入れた。

白壁に包まれた廊下が、椋介を出迎える。

おそらく窓だったのだろう、壁に等間隔に開けられた四角い穴からは、西日が差し込み、白の床を茜色に染めていた。

カツン。

足を一歩進ませると、石造りの床が音がをたてて反響し、周囲の空気を震わせた。

ナナツドリの鳴き声も風の音も聞こえない。

己が息をする音以外、ほぼ無音だった。

「静かだな…。」

濃い緑の匂いを感じながら、椋介は奥へと歩き出した。

一直線に伸びる廊下を歩くと、突き当たりに出た。右側は壁で塞がれ、左側には、人一人通れる隙間があった。そこに足を踏み入れると、広い空間が姿を現した。

扉も窓もないその場所に、壁を背にして、三体の石像が鎮座していた。

椋介から見て、左側には男の像、その隣には女の像があり、その二つの石像に挟まるような形で、幼い子供の像が並んでいた。

男の像は、右手に剣、左手に槍を持ち、眉を釣り上げ、睨みをきかせている。それに対し、女の像は優しく微笑みながら、何かを掬いあげるかのように、両の手を差し出していた。

子供の像は、今にもにこりと笑いそうな雰囲気を醸し出して、椋介を見上げていた。

男の像は、月と戦いの神、シュラ。女の像は、太陽と慈愛の女神、マーナ。子供の像は、二神の子供で、星と幸運をもたらす神、アリオ。

この三神は、かつてこの惑星ウォータリアスで崇拝されていた神々だ。そして、この場所は千年前、当時の人々が訪れる神殿だった。

今は古代の遺産として保護され、訪れる者達を静かに迎えている。

三体の石像を背にして、椋介は振り返った。

そこには、壁画があった。

黒を背景に、青と緑、白のグラデーションが美しい星が描かれている。それは、椋介の故郷・地球によく似ていた。

この絵は、今から五百年前に、レオノールという著名な画家が夢で見た光景を描いたとされている。

その壁画の絵を見つめる一人の女がいた。

長い黒髪を後ろに流した後ろ姿は、凛としていたが、同時に寂しさを感じさせた。

「ラン」

椋介が名を呼ぶと、女が振り返った。椋介をみとめた女ーランは、驚いたように軽く目を見張った。

「リョウちゃん、どうしてここに?」

「俺もこの絵を見に来たんだよ」

椋介はランへ近付き、その隣に立った。

「そっくりだよな。この絵、…地球にさ。」

「うん…。」

―地球。口にし、思い描く度に、苦いものが胸に広がる。

決して戻ることのできない失われた故郷。

椋介が十六の時、地球は、地殻変動によって消滅した。

「早いもんだよな。あれから四年か。」

「…そうだね。」

椋介はランを見る。

彼女は目を細め、懐かしさと愛おしさ、そして痛みが入り混じった表情を浮かべながら、絵を見つめていた。長く伸びた黒髪が頬を隠す。

「髪、伸びたよな。」

「え?。」

椋介に言われ、ランは壁画から視線を外し、目を瞬かせた。

「昔はすごい短かっただろ。」

「あぁ、うん。でも、もう、あんなに短く切ることはないかな。これからは見栄えも大事になるから。」

髪を触りながら、ランが言った。

「女王、か。明日だよな。ウォータリアスの千年式典。」

明日あす、ランはウォータリアスの女王として、公の場に姿を現すことになる。今までは、影武者のミリアムが式典やパーティーに出席していたが、二十歳の誕生日を迎えた今年から、全ての行事を藍自身が行うことを決めたのだ。

ランは、石像の一体である、アリオ神の妻で、水と花の女神ウォータリアの血をひく。

惑星の名でもあるウォータリアスは、彼女の名からきており、王族は、ウォータリアス(水を与える者の意)の人間が継ぐことが決まっている。

地球で生まれ育った椋介には、王族が神の血をひくなど不可解でしがなかったが、この惑星ではそれが普通なのだと理解するほかなかった。

そして、そのことが、父・グレンが殺されかけ、地球へやってきた原因であり、ランが真実を知るため、地球に行こうとした理由でもあった。


「ウォータリアがこの惑星ほしに降り立った最初の人間の一人で、その子供が惑星を統治することになったから今の自分たちがある、なんて言っても誰も信じないだろうな。」

投げやり気味に呟くと、ランが諫めるように声を上げた。

「それ、他の人に言っちゃ駄目だよ。」

「言わねえよ。」

ウォータリアが神ではなく、人間だということは、亡くなった椋介の父・グレンと、ラン、椋介、そして、ランが集めた『血を誇り、けれど血に驕らず、ウォータリアスの未来を創る者(貴族、平民問はず)』達だけだ。

「ここには、まだ拠り所が必要だ。ウォータリアスっていう神の血をひいた存在が。」

「うん」

瞳に力強い光を宿し、ランは頷く。

「気の長い話だよな。下手をすりゃ、お前がしわくちゃの婆さんになっても、『本当のこと』は言えないかもしれないんだぜ?」

「表には出せなくても、知っている人はいる。大切なのは、それを忘れずに繋げることだから。いつかこの惑星の人達も気づくはずだよ。その時、リョウちゃんやみんなが伝えてくれれば、『私』は言えなくてもかまわない。」

人ではなく、神の血をひく者として生きる。その覚悟を、ランはすでに持っていた。

「全く、お前は潔いというか、肝が据わっているっていうか・・・。」

動じないランに、椋介は思わず苦笑する。

いや、そうではないだろう。

彼女の言葉には、確かに、他者の期待と、そうあってほしいという希望も含まれていたが、自分さえ耐えればいいという自己犠牲的な決意も感じ取れた。

しかし、それは椋介にとって望まないものだった。

椋介は、ランの頭に手をやり、ぐしゃぐしゃと黒髪をかき混ぜた。

「へっ?な、何!?」

ランは驚いたように目を丸くし、固まった。

「あんまり気張るなよ。辛けりゃ、誰かに愚痴れ。王宮にはミリアムやセージのおっさん、気にくわねぇが、ギルバートの野郎もいる。お前は一人じゃない」

「リョウちゃん・・・」

感じいったかのように自分を見つめてくるランを見て、急に気恥かしくなり、椋介はランの頭から手を離し、思わず顔を背けた。

 地球に似た青い惑星の姿が、椋介の目に入る。

初めてこの絵を見た時は、地球に似ているあまり、郷愁と罪悪感が一気に押し寄せ、息が詰まるほどだった。けれど、今は、水面に柔らかな風が吹くような穏やかさで見ることができる。

それができるのも。

椋介は、乱れた髪を整えるランの姿を見つめた。

たとえ、この惑星の女王になろうとも、その仕草は変わらない。幼稚園の時からの幼馴染、月島藍つきしまらんのままだった。


「リョウちゃんもだよ。」

不意に聞こえてきたランの声に、椋介は、沈ませていた意識を浮上させた。

ランを見れば、真剣な眼差しを、椋介に向けていた。

「リョウちゃんも一人で溜めこんだりしちゃだめだよ。マーガレットやアトル、サガ。騎士エクエス見習いのみんながいるんだからね。ちゃんとお話するんだよ。」

「わかってるよ。」

幼い子供に言い聞かせるような口ぶりをするランに、椋介は肩をすくめながらも頷いた。

「・・・ねぇ、リョウちゃん。私、あなたに聞きたいことがあったの。」

すると、ランは張りつめた表情を浮かべながら、椋介を見た。

「何だ?」

「今、幸せ?」

その言葉の答えを、椋介はすぐに返せなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ