オリエンテーション 後編
ラブは教卓の前で2回手を叩く。まだルール説明は終わっていない。
「次は好感度を上げるクイズゲーム『メインヒロインアンサー』についてです。ルールは大体同じですね。4つの選択肢から答えを選ぶだけ。100点満点の答えならS評価、70点の答えならA評価、赤点ギリギリの50点の答えならB評価と説明しましたね。評価が高ければ高いほど、好感度経験値が多く手に入る仕組みです。経験値のレートは、評価の数字と連動しています。S評価だったら100ポイントという風にね。好感度経験値を上げれば、好感度レベルがアップ。好感度レベルが上がったら、メインヒロインの攻略もスムーズになることでしょう」
ラブは、再び黒板を2回叩き、淡々と説明を続けていく。
「そして一番重要なのは不正解を選んでしまった場合。この場合は即ゲームオーバーにはなりませんが、代わりに死亡フラグケージが溜まっていきます。ケージを基本的に減らすことはできません。大体四回間違えたら、死亡フラグケージが1杯に溜まります。そして死亡フラグケージが満杯になったプレイヤーは、ゲームオーバーです。事件事故に巻き込まれて死んでいただきます。問題は午後8時から配信。1日4問出題されるから、1日でゲームオーバーになってもおかしくありません。因みに、好感度と死亡フラグケージは、普段のプレイヤーの行動によっても変動するから注意してね。あっ、ここで新しいアプリのダウンロードが開始されるようです。説明の続きは、ダウンロード後にしようかな」
ラブは教卓で頬杖を付き、自身のスマートフォンへ手を伸ばす。
それから間もなくして、赤城のスマートフォンに新しいアプリが配信された。
そのアプリは『ドキドキ動画』と『シニガミヒロイン』の2種類である。
『シニガミヒロイン体験版』は『シニガミヒロイン』のアプリがダウンロードされると、すぐさまアンインストールされた。
「皆様。ドキドキ動画というアプリをタッチしてみてください。先程予選敗退が決定した石川太郎と川栄探の処刑の様子が、閲覧できますよ。この動画を見たら、死亡フラグケージが、満杯になったらどうなるのかが、理解しやすいかな。動画の閲覧は強制じゃないから、見なくてもいいよ。これはあくまでオリエンテーション。ゲームじゃないからね」
赤城恵一の決意は固い。この場にいる43名は、予選では三度程自分たちと同じ男子高校生が殺害される瞬間を強制的に見せられてきた。これ以上誰かが殺される瞬間を目の前で見たくない。
その思いは、この場にいる43名全員が共有していた。
誰も動画を見ようとしていないという現実をラブは気にも留めていない。
ゲームマスターは自身のスマートフォンを横に向け、視線を目の前の席に座っている男子高校生たちに向ける。
「全員閲覧を拒否するとは思っていなかったですね。別にいいけど。案外死亡フラグで死んだ方が楽に死ねるかもしれませんよ。苦しみ血を吐いて亡くなるのと、自動車に轢かれて亡くなるの。どっちが楽に死ねるのかな。ゲームに負けて死ぬくらいなら、自殺した方がマシだって考えた人もいると思うけど、不可能だから諦めてね。あらゆる自殺方法が阻止されるようにプログラミングされてるから。自殺したいなら、さっさと彼女に告白して、フラれてください」
緊張と不安で静寂を保っていた教室に、突然何かが落ち、ガラスが砕けるような大きな音が流れた。
その音に驚き、赤城恵一は大きく目を見開き、天井を見る。だが天井には何の変化もない。
彼と同じように天井を見上げる男子高校生たちを見ながら、ラブが仮面の下で笑みを浮かべる。
「驚きましたか。皆様。動画閲覧を拒否していたので、あの2人が殺される瞬間の音だけでも聞かせてみました。体育館に不釣合いなシャンデリアがワイヤーの老朽化によって落ちて来た音ですよ。あの2人はシャンデリアに押しつぶされて、亡くなりました。遺体には全身にガラスが突き刺さっていますよ」
ラブの瞳に、シャンデリアの残骸と一緒にグチャグチャになった2人の男子高校生の遺体が映る。
聞いただけでもぞっとするラブの発言に、赤城は全身に鳥肌を立て恐怖する。
それとは裏腹に、赤城はおかしいと思った。普通シャンデリアが落ちてきたら、先々に逃げるはずである。なぜあの2人はそれができなかったのか。
その疑問は、赤城には分からなかった。すると、ラブがその疑問を見透かしたかのように、口を開く。
「シャンデリアが落ちて来たのに、一切逃げようとしない2人の男子高校生の謎。一体どんなトリックを使ったんだって思った皆様。その答えは、単純です。予選で私を殴ろうとした不良少年、山口武様のことを覚えていますか。あの時突然君たちは動けなくなりましたよね。実は死亡フラグケージの話には続きがあるんです。稀に事故や事件に巻き込まれても死なない強運の持ち主がいるじゃないですか。そんな奴がいたら厄介ですね。だからあの時私は咄嗟に、プロトタイプの『ごめんなさい』という音声データを再生して、山口君を金縛り状態にして、動きを止め、日本刀で首を切断しました。金縛りはウイルスの効果じゃなくて、拉致した時に使ったスタンガン型注射器で投与した薬の力ね。拉致した時に邪魔した君たちの友人にも注射しちゃったけど、薬自体には害がないからね」
ラブが苦笑いする。そのゲームマスターの言葉を聞き、赤城恵一は拉致された時のことを思い出した。
あの時拉致された現場には、幼馴染の白井美緒がいた。その彼女にも薬を投与されたとしたら。
赤城は嫌な予感を覚え、怒鳴った。
「まさか美緒にも注射したのか」
「正解です。邪魔だと思った人は、老若男女問わず、あの圧力型の注射器で薬を投与させました。あの薬、睡眠薬の成分も入っているけど、何の害もないから。薬を投与されたことを本人は知りません。そんなに心配ならゲームを全クリして友達の元へ駆け付けたらいいじゃないですか」
赤城は悔しそうに唇を噛む。それからラブは手を叩いた。
「ここでゲームオーバーになる条件をおさらいしてみましょう。ゲームから脱落する条件は、メインヒロインへの告白に失敗する。自分以外の誰かがメインヒロインへの告白に成功した。死亡フラグケージが満杯になった。定期的に開催されるゲームで負けた。そして、明らかなルール違反があった。以上4つの条件の内一つを満たしたプレイヤーは脱落です。そういえばルール違反についての説明がまだしたね。PK行為の禁止とゲームの進行を妨げる行為の禁止。このどちらかのルールを破った者は、強制的に死亡フラグケージが満杯になり、死にます」
「PKってサッカーの奴か」
静かな教室に三好勇吾の声が響く。PKと聞きサッカーを連想する一般人は大半であろう。
PK行為という聞き慣れない言葉に赤城恵一は首を傾げる。
「PK行為。プレイヤーキラーのことですね。簡単に説明すると、プレイヤー間での暴力行為、及びプレイヤー間の殺人等犯罪行為を禁止します。ゲームの進行を妨げる行為に関しては、ゲームキャラに、これがゲームであることを伝えるなということ。もう少し分かりやすく言うなら、ゲームキャラの現実を壊すような行為や言動があった場合、ゲームオーバーになります。あっ、誰もいない場所だったら、プレイヤー同士で攻略について話し合ってもいいけど、自己責任でお願いね。人気がない場所と各プレイヤーの自分の部屋以外で、ゲーム攻略に関する発言をしちゃダメよ。皆様の行動は全て、監視しています。いつでも君たちを殺すことができることをお忘れなく」
赤城恵一は、ノートをとることを忘れ、ただ茫然とラブの口から語られる驚愕のルール説明を聞いていた。
ラブは男子高校生たちのリアクションを気にせず、1回咳払いする。
「最後に、ゲームの設定についてです。皆様には仮想空間にある悠久市の悠久高校の2年生として、ゲームをプレイしていただきます。ゲームにはメインヒロインに沿ったシナリオが用意されていますが、行動は自由です。ルール違反にならなければ、何をやっても構いません。ただし、自分の行動によってシナリオが変わりますので、それをお忘れなく。それとプレイヤーの皆様には、家族が用意されています。ゲーム上の架空の家族が暮らす家で生活してください。ルール説明は以上になります。次に君たちと顔を合わせるのは、ゲームクリア後になることでしょう。それでは、最高で13名が生存する恋愛シミュレーションデスゲーム『シニガミヒロイン』の世界へいってらっしゃい」
ラブは指を鳴らすと、教室のような空間を暗い闇が包み込んだ。
この不条理なデスゲームからは、誰も逃げることができない。
ラブの号令と共に、男子高校生たちを強烈な睡魔が襲った。
「眠そうですね。次に目を覚ました時から本選開始ですよ」
ラブが赤城の視界から消える。それから彼らは眠気に勝つことができず、床に大きく開いた暗い空間に、体ごと飲み込まれた。