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シニガミヒロイン  作者: 山本正純
最終章 隠しヒロインの真実
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ラブの過去 後編

 それから椎名真紀は、楽しい学校生活を過ごした。放課後に大竹里奈の家で勉強を教わったり、小倉明美たちと村の中を散歩したりと、その時の生活は真紀にとって充実したものだった。

 だが、その生活も長くは続かなかった。

 7月25日の早朝。椎名真紀の平穏は静かに崩壊する。

 その日は、真紀がこの村にきて初めての夏休み初日だった。午後から友達と遊ぶ約束をしていた真紀は、楽しみで仕方なかった。

 これから楽しい夏休みが始まる。そう思いながら伸びをした時、突然床が激しく揺れ始めた。

 かなり強い揺れ。真紀は机の下に入り込み、床に丸まった。揺れは長期間に及び続き、真紀は恐怖に脅えていた。

 何とか揺れが収まると、真紀の部屋のドアが開き、父親が飛び込んできた。そして彼女の父親は、真紀を抱え自宅を脱出する。

「助かったんだよね」

 父親の胸の中で真紀が呟く。やはり父親の胸の中は安心する。しかし、その安心は急速に冷めていった。

 不意に隣の家を見た時、真紀は思わず目を大きく見開いた。隣の家。即ち大竹里奈が住んでいた家は瓦礫で埋め尽くされていた。瓦礫の山の中から、動かない誰かの腕が見え、真紀は思わず悲鳴を上げる。

「いやぁぁぁ」

 止まらない大粒の涙。体が震え、真紀は過呼吸に陥った。父親は、娘を優しく抱き避難所となった公民館へ向かう。

 椎名真紀の悲劇は、これで終わらない。避難所に着くなり、真紀は友達を探した。だが、どこにも彼女たちの姿はない。嫌な予感が頭を過り、真紀は強い不安に襲われた。

 その不安が現実化したのは、地震発生から数日が経過した頃だった。そこで彼女は村民たちの言葉から、驚愕の事実を知ってしまう。

 あの小学校に通う小学1年生の中で、椎名真紀だけが生存したと。それは他の11人は全員死亡したことを意味していた。

『7月25日に発生した福井県を震源とした地震はマグニチュード7と推定され……』

 避難所に設置されたラジオから、地震に関する情報が流れたが、椎名真紀の耳にはそれが届かなかった。

 それから真紀は、東京に引っ越した。病院で震災に関するカウンセリングを受けたが、真紀の心の傷は癒されることはなかった。


 震災から数年の月日が過ぎた頃、椎名真紀に異変が起きる。それは、東京で出来た友達と一緒に下校した時に起きた。

「真紀って河野君のことが好きなんでしょ」

 ありふれた友達との会話。真紀は両手を振り、友達の憶測を否定する。

「そんなんじゃ……」

 その直後、真紀の体に悪寒が走った。

『いいな。恋ができて』

 どこからか、小倉明美の声が聞こえた気がした。

『私だって恋がしたかったのに』

 今度は大竹里奈の声。

『恋って楽しい?』

 あの村の友達の声が、次々に幻聴という形で聞こえ、椎名真紀は友達の前で声を荒げる。

「やめて!」

 その日から椎名真紀は悪夢を見始めた。暗い闇の中から、あの村の友達が自分を暗闇の中へ引きずりこむ夢。

 何度も繰り返される悪夢の刹那、椎名真紀は察した。

 椎名真紀の友達は無念を抱いて、突然命を絶たれた。

 彼女たちの無念の声を消し去るためには、あの娘たちがやりたかった恋を経験させるしかない。

 何度も考えた結果、このような結論に真紀は行きついた。だが、どうすればいいのかが真紀には分からない。


 そんな時、家庭教師の岩田克明が、思いがけないヒントを与えた。本人はそのつもりはなかったことだが、そのヒントは何気ない会話に隠されていた。

「真紀ちゃんはゲームとかするのかい?」

 岩田克明からの問いに椎名真紀は笑顔で首を横に振る。

「あまりやったことがないよ。岩田さんはゲームするの?」

「ああ。恋愛シミュレーションゲームしかやらないけどな」

「恋愛シミュレーションゲーム」

 小学5年生の真紀にとって聞き慣れないジャンルのゲーム。それを聞いた時、真紀は悪魔の声を聞いた。

『その恋愛シミュレーションゲームって奴で、あの娘たちの恋愛をシミュレーションすればいいじゃない』

 椎名真紀は、その悪魔のような閃きに従うことしかできなかった。こうして椎名真紀は暗い闇の中へ落ちた。

 翌日から椎名真紀は変わった。瞳が暗く濁り、何をしても楽しく感じなくなった。やがて小学校時代の友達たちは、真紀の元を離れていき、彼女は独りになる。それでも真紀は、気にせず徐々に暗い闇の中へ静かに落ちていった。

 そして気が付いた頃には、椎名真紀は暗部と呼ばれる裏社会の住人となっていた。才能と悪魔のような閃きを武器に、彼女はある組織のボスへ上り詰め、莫大な資金と仲間を手に入れる。


 椎名真紀の過去を聞き、赤城恵一の頭に血が昇った。

「お前は自分の悪夢を終わらせるために、多くの人間を殺してきた。それが分かっているのか!」

 当たり前のように、恵一の怒りは椎名真紀には届かない。

「仕方ないでしょ。これしかあの娘たちがやりたかったことを再現できなかったんだから。突然未来を奪われた無念の声なんて、聴きたくない。だから私は、あの娘たちの恋を……」

「お前こそ分かっていない。これまで殺してきた奴も、突然未来を奪われたんだ。強制的にデスゲームに参加させられて、命を落とした。お前のエゴは、無念の連鎖を生むんだよ」

 椎名真紀の声を遮り、恵一は彼女の言葉に反論した。だが、椎名真紀の暗い闇に包まれた心は折れない。

「他人のことなんて、どうでもいい。ただ私は、あの娘たちにピッタリな彼氏を探しているだけ。それ以外の男は必要ない」

「間違ってるよ。あの娘たちは本当に望んでいたの? 自分たちの幸せのために、多くの男子高校生の命を犠牲にするなんて。そんなことを天国のあの娘たちが知ったら、どう思うかな?」

 東郷深雪が椎名真紀に疑問を投げかけると、真紀は怒り、スーツのポケットから拳銃を取り出した。その銃口を深雪に向け、真紀は笑みを浮かべる。

「あなたは私のコピー。言い換えるなら私の妹。自分を殺すみたいで、殺したくなかったけれど、欠陥品みたいだから処分しないとね」

「どうして私は、デスゲームを終わらせようと暗躍したと思う?」

 銃口を向けられているにも関わらず、深雪は平気で真紀に疑問を投げかけた。一方の真紀は拳銃の引き金に手を掛けながら、首を傾げる。

「どうせあなたの友達をゲームに巻き込んだことに対する復讐でしょう」

「違うよ。あなたの影武者として学校に通って思ったよ。あなたのやり方は間違っているって。誰かのコピーとして生きている私の存在価値って何だろう。そんな疑問を抱えたまま、あの娘たちを蘇らせたらいけない。だからいいよね。こんなことしてもあの娘たちは喜ばない。無念を抱いたまま亡くなった、あの娘たちの分まで恋をすればよかったのよ。最初からデスゲームを開催して、あの娘たちが体験するはずだった恋愛を再現する必要はなかった」

「正論ね」

「やっぱり反省しないのね」

 東郷深雪は呆れた表情を見せ、椎名真紀に近づいた。その様子を近くで見ていた恵一は、嫌な予感を抱き、思わず叫んだ。

「何をするつもりだ」

 すると、東郷深雪は恵一の方を振り向き微笑んだ。

「ごめんね。こうするしか方法はないみたいだから」

 銃口と深雪の距離が近づき、真紀は頬を緩めた。

「至近距離で死ぬなんて、エグイことしないでよ」

 笑う真紀とは裏腹に、深雪は真剣な表情で、真紀が手にしている拳銃を掴む。


 そして次の瞬間、東郷深雪は上着のポケットからナイフを取り出し、それを椎名真紀の胸に刺した。

 ナイフが抜かれ、真紀が着ている白いワイシャツが赤く染まっていく。それから真紀の体に激痛が走り、彼女は拳銃を床に落とした。

「何をしているのか、分かっているの?」

 弱弱しい口調で真紀が深雪の顔を睨み付ける。それに対し深雪の瞳から大粒の涙が零れた。

「ごめんなさい。どうしたらあなたを暗い闇の中から救うことができるのかが分からなかった。だから私は、あなたを殺すことにしたの。ここであなたは死んで、シニガミヒロインは終わる」

「間違っている」

 目の前で行われた殺人に対し、赤城恵一が声を上げた。

「赤城君。ラブは何の反省もしていないの。どんな光で照らしても、深い闇が邪魔をして救うことができない。だから、この手で殺すしか……」

「そんなことしたら、お前が殺人者になってしまう。そうなったら美緒を悲しませることになるんだ」

「何も分かっていないよね。東郷深雪はこの世に存在してはいけない。だから、暗い闇に堕ちた椎名真紀を殺したとしても、法では裁かれない。それに、少年法の規定によって、椎名真紀が逮捕されたとしても、死刑にはならない。死刑にならないと、多くの被害者遺族は納得しないでしょう。だから私は、事件を迷宮入りさせる。そしてシニガミヒロインという恋愛シミュレーションデスゲームを、完全に終わらせてみせる」

 東郷深雪は床に落ちた拳銃を拾い上げ、床に血塗れでうつ伏せに倒れていた椎名真紀の頭に銃口を近づけた。

 真紀は最後の力を振り絞り、自分を殺そうとしている東郷深雪の顔を見上げた。

「不思議な感覚。まるで私が私を殺しているみたい」

 冷酷非道な顔付きとなった東郷深雪は、拳銃に引き金に手を掛けた。

「やめろ!」

 一発の銃声と赤城恵一の叫び声が響いた。


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