真紀のやったこと
「そう。ラブの目的を一言で表すとしたら、恋愛シミュレーション。あの娘たちと等身大な男子高校生の恋をシミュレーションすることで、あの娘が本気で好きになる人を探す。それだけじゃなくて、色々な人と接することで、恨みとか恐怖といった感情を生成する。そうやってプログラム的な動きしかできない彼女達を人間にする」
真紀の口から語られるラブの目的を聞き、恵一はラブを睨み付ける。
「ふざけるな。そんなことのためにお前は600人以上の人間を殺したのか!」
恵一の怒りに、ラブは覆面の下で苦笑いした。
「言ったよね。これまでゲームオーバーになった連中は、負け犬だったと言うだけの話だって。どんな理不尽な状況に追い込まれても負けない男しか必要ない。あの娘たちを幸せにできるのは強い人。弱い人は必要ない。弱い人は生きる資格がない。だから私はデスゲームを開催したんですよ。あの娘たちを幸せにできる男子高校生を選別するために」
「いい加減にしろ!」
赤城恵一は、全く反省しないラブの態度と理解し難い動機に対し怒りを覚えた。
その隣で椎名真紀は、瞳を閉じ彼に伝える。
「私がこれまで何をやってきたのか。教えてあげる」
真紀は恵一が拉致された直後のことを語り始めた。
現実世界。4月7日。セーラー服という高校の制服に身を包んだ椎名真紀は、1人で歩道を歩いていた。
この近くの病院に、白井美緒が入院している病院があると真紀は思い出したが、彼女にはやるべきことがある。
仮想空間へと繋がる電波を拾い、テストメールを打つこと。
だが、真紀は電波を拾うアンテナのような物を所持していない。あからさまに電波を拾う行為は、世間から不審に思われてしまうからだ。
そんな彼女が立ち止まったのは、ラブに指定されたエリアを数分間歩き回った時だった。
彼女の頭の中で何かが光り、真紀は、人通りの多い歩道の上で、制服のポケットから二つ折りのピンク色の携帯電話を取り出した。
「やっと見つけた」
少女は嬉しそうに呟き、携帯電話を開きながら、夕暮れで赤く染まった空を見上げた。
『テストメール』
自分がラブに利用されているのは、分かり切ったこと。それでも真紀は、心の隅で贖罪に襲われながらも、メールを打ち、多くのサラリーマンや主婦たちが通る道へと一歩を踏み出した。
翌日の早朝。椎名真紀は、ラブに反撃するために行動を開始した。ピンク色のチャック柄のパジャマ姿の真紀は、気配を消し寝室のドアを開ける。その先にあるベッドでは、布団に包まったラブが眠っていた。室内を薄暗くする光が輝いた中で、真紀はノートパソコンの近くに置かれたスマートフォンに手を伸ばした。
それから真紀は、シニガミヒロインのサブコンピュータが設置された地下室に移動。その部屋に到着した直後、真紀の携帯電話にメールが届いた。
『準備完了』
たった一言のメールを読み、真紀は頬を緩め、サブコンピュータに触れ瞳を閉じた。
「相変わらずね」
真紀が小声で呟くと、彼女の思考が何かを捉えた。意識を集中させた瞬間に聞こえて来たのは、誰かの怒りに満ちた声。
その声を聞きながら熱を帯びたコンピュータに軽く触れていると、真紀が手にしているラブのスマートフォンにメールが届いた。
『赤城恵一。ラブに対する宣戦布告発言確認。処刑しますか?』
ラブの部下から送られてきたメールを読んだ真紀は、運が良いと思った。この瞬間、自分が暗躍していなかったら、確実に赤城恵一は殺されていただろう。
そして彼女は、天性の閃きで、この状況を利用する作戦を思いつく。それはラブに成りすませてメールすること。
『その様子って録画してあるよね?』
数秒後、メールが返信される。
『はい。一応録画してあります』
真紀は予め、デスゲームの様子がビデオとして保存されていることを知っていた。この質問で、何も知らない外部犯の仕業に見せかけるのも作戦。
全てが作戦通りに上手くいっている。そう感じつつ、真紀は携帯電話のボタンを適当に押し、小声で呟く。
「繋がった」
『今回は見逃していいよ』
最後に真紀がラブの部下に返信した同時期、どこかのバーカウンターの席に座る1人の男が、ノートパソコンを前に笑っていた。
客はおろか、店員すらいない店の中で、その男はノートパソコンのキーボードを叩き、動画サイトに動画をアップした。
男は頬杖を付きながら、スマートフォンでメールを打つ。
『動画をアップした』
そのメールを携帯電話で受信した真紀は、再びラブが寝息を立てる寝室に侵入して、スマートフォンを元の位置に戻した。
その日の放課後、友達の白井美緒のお見舞いに行った真紀は、夕日に照らされた帰り道を歩く。
多くの会社員たちとすれ違いながら、真紀は美緒の深刻な表情を頭に浮かべる。白井美緒は、目の前で赤城恵一という幼馴染が拉致されて、心を傷つけている。
そんな美緒を救うため、早朝から暗躍して、ラブの悪事を公にした。
それでもPTSDを発症するのは時間の問題。このまま赤城恵一の遺体と白井美緒が対面してしまえば、彼女は抜け殻のように生きていくだろう。
「間違っているよね」
不意に真紀の口から出た言葉は、彼女の本心だった。ラブは容赦なく、真紀の大切な友達を傷つけている。それが当然の犠牲だと言わんばかりに。
そのやり方は間違っていると、真紀は思っていた。
そして月日が流れ、4月10日の放課後。この瞬間仮想空間では、下校イベント争奪戦が開始されている。真紀は、それに合わせて園田陸道という同級生と一緒に下校した。もちろん1人で帰らせたら、何をしでかすか分からない白井美緒と共に。
その道中、園田が急に立ち止まり、強張った表情でスマートフォンを落とす。何が起きたのかと心配しながら、真紀は園田のスマートフォンを拾おうとしゃがんだ。すると、彼のスマートフォンの画面に、思いがけない文字が映った。
001:*** 名無しさんがお送りします
『プレイヤーY。及びラブの正体は赤城恵一……』
その瞬間、椎名真紀は嫌な予感を覚えた。この書き込みがラブたちの仕業だとしたら。そんな考えが頭に浮かび、彼女は園田にスマートフォンを渡す。
それから数分後、今度は真紀の携帯電話がスカートの中で振動を始めた。
彼女は携帯電話を開き、相手を確認すると、すぐにそれを自分のスカートの中に仕舞う。その謎の行動に気が付いた園田は首を傾げ彼女に尋ねる。
「電話じゃないのか?」
「うん。間違い電話だったから」
2人の前で電話に出るわけにはいかない。そう思った真紀は電話に出ることができなかった。
それから自宅に戻った真紀は、そこでラブと会い、明日白井美緒が絶望の淵に追い詰められてしまうと言うことを知った。そしてラブが素顔でどこかに出かけた後、彼女は自宅の玄関のドアを施錠し、周囲を見渡す。
警察官が張り込みを行っていないことを確認すると、真紀は駅に向かい歩き始めた。
午後7時。椎名真紀は神奈川県横浜市にあるオシャレなイタリアンレストランでミートソーススパゲティを食べていた。この店は、数年前にテレビで紹介された有名店のはずだが、現在店内には真紀しかいない。
カウンター席で食事を摂っている真紀に、店主の男が声を掛ける。
「真紀。話しっていうのは何だ?」
店主が首を傾げると、真紀はフォークを止め意外な言葉を口にした。
「警察を悪者にしてほしい。今、ネットでは私の友達が犯罪者ってことになっているから、その炎上を止めるために協力して」
「炎上を止めるね。具体的には何をすればいい?」
「数日前と同じように、コンピュータに侵入して映像を盗んでほしいの。今度はあのゲームで人が死ぬところ。タイミングは私が指示するから。そして同じようにプレイヤーYとして動画サイトに動画をアップするだけ」
「了解。ところで今晩、岩田克明が殺されるらしい。俺がプレイヤーYの濡れ衣を岩田に着せたのが原因だ。久しぶりに人を殺せるってノリノリで常連客の外国人スナイパーが先程出かけたところだが、阻止しなくていいのか?」
唐突な告白を店主がすると、真紀は頬を緩めた。
「阻止しなくても、いいですよ。彼のことを恨んでいるから、プレイヤーYの濡れ衣と着せてほしいって頼んだ。そんなことより、人を貸してほしいな」
「了解」
そうして静かなディナータイムは過ぎていった。