ラブのやったこと
彼が椎名真紀に連れてこられたのは、青色の液体によって満たされた13個の巨大なカプセルが並ぶ空間だった。
「何だよ。これ」
赤城恵一は目を見開き、目の前に広がる異様な光景に鳥肌を立てる。
カプセルの中に、幾つものケーブルのような物で全身を繋がれた少女が浮かんでいる。その前に、ラブが佇んでいる。
恵一の隣にいた椎名真紀は、ラブの背後へと足を進めながら、覆面の人物に声を掛けた。
「良かったね。シニガミヒロインを全クリできる人がいて。嬉しいでしょう。だから、もういいよね。この1年で十分なデータは得られたから、デスゲームを開催する必然性はないよ」
「嫌。まだ終わらせるわけにはいかないよ。だって、まだ目的は達成できてないじゃない」
ラブは真紀と顔を合わせず、普段通りに反論する。だが真紀は、ラブの思いを受け入れず、首を横に振った。
「間違ってるよ。こんなことやっても、あの娘たちは喜ばない。さっきも聞いたよね? どうして逆プロポーズなんてプログラムすらされていないイベントが起きたのか? その答えは簡単だよ。彼女は赤城君のことが好きになったんだと思う。プログラムに支配されていた彼女は、自分の意思で一緒に赤城君と登校しようと声を掛けた。逆プロポーズだって、吊り橋効果で感情が爆発して告白したんだと思う。だからいいよね? 彼女達は、あなたが思っている以上に成長しているんだよ。目的は達成できていると言っても過言じゃない。それに、私はあの娘たちには、私と同じ思いを抱いてほしくない」
話が見えてこないためか、赤城恵一はラブと真紀の口論を、目を点にして聞くことしかできない。
「真紀。俺にも分かるように話してくれ。そもそも、どうしてラブは、恋愛シミュレーションデスゲームを開催したのか」
恵一の疑問を聞き、真紀は意外な答えを口にした。
「目の前にカプセルがあるでしょ。あの中をよく見て」
真紀に促され、恵一は液体に満たされたカプセルを凝視する。
「えっ」
後ろ髪が腰まで届きそうなほど長いストーレートヘアが、カプセルの中で揺れている。その少女の容姿は、島田夏海と似ている。
驚きの表情を見せた恵一の隣で、真紀はカプセルに近づき、それを優しく撫でた。
「この中にいたんだよ。私」
「どういうことだ」
真紀の話を理解できない恵一は、首を傾げるばかりだった。すると、真紀はカプセルの前で体を回転させ、恵一へと視線を向けた。
「意味が分からないよね。じゃあ、ラブがやろうとしていたことから話そうかな。ラブは彼女たちを蘇生させようとしている。だけど、ただ死者を蘇生させても、未完成な人間が出来上がるのがオチ。だから、ラブは彼女たちを完成させるために、多くの男子高校生を拉致して、デスゲームを開催した」
「死者蘇生。それがお前の目的だったのかよ。ラブ!」
恵一がラブに怒りの眼差しで睨み付けた。一方でラブは開き直ったように、ヘラヘラと笑いながら真紀に近寄る。
「誤解されるようなこと言わないでよ。真紀ちゃん。目的は死者蘇生じゃないでしょ」
ラブは瞳を閉じて、数年前の出来事を思い出す。
それは1年前、秋田県仙台市で1回目の恋愛シミュレーションデスゲームの開催が決定される直前の出来事ことだった。
数台のノートパソコンが設置された小さな部屋に、ラブと黒服の男達が集まり、全員がノートパソコンに向かっている。
すると、1人の男が席から立ち上がり、奥の席に座るラブに頭を下げた。
「ラブ様。現実世界をトレースした仮想空間でテストプレイ。被験者のバイタルサインや経過観察の資料です」
男から報告書を受け取ったラブはペラペラと捲りながら、覆面の下で頬を緩めた。
「なるほど。ログアウトしても、体調や精神に変化なし。結構体に負担がかかると思ったけれど、そんなことはないようね。じゃあ、被験者を解放していいよ。もちろん多額の報酬与えて」
「一文無しのホームレスを雇った人体実験。ラブ様は鬼畜ですね」
「褒めてるの?」
ラブは首を傾け、部下と視線を合わせる。
「はい。少し言い過ぎたと反省しています」
部下が少しだけ肩を落とす。その後でラブは席から立ち上がり、スキップしながら部屋を1周した。
「これで現実世界の人間を仮想空間に体ごと送り込むシステムは完成。ここまで3年くらい経過しちゃったけど、皆よく頑張ってくれたわ。ということで、これから実験は第2段階へ突入。48人くらい男子高校生を拉致しよ」
突拍子もないような発言に、この場にいる男たちは驚かなかった。逆らったら殺される。恐怖が思考を支配した環境に男たちは、内心脅えていた。
「なぜ48人なのでしょう。50人くらいの方がキリが良いように思えますが?」
不用意に部下が右手を挙げ質問すると、ラブは覆面の下から笑顔を見せた。
「1クラス16名くらいだよね。高校の男子って。リアリティが大切だから、50人は却下」
「男子高校生を拉致しなくても、良いのではありませんか?」
「あの娘たちの彼氏は、恋愛シミュレーションゲームオタクじゃないから。同い年くらいの高校生が丁度いい」
ラブが腕を組み、首を縦に動かした。その後でラブは、別の部下に尋ねた。
「ゲームに使うスマートフォンは、普通に使えるよね?」
「はい。問題なく使えます」
「そう。じゃあ、始めようか。恋愛シミュレーションデスゲーム。ゲームオーバーは現実世界での死っていう、ありふれた奴」
ラブは冷たい視線で部下たちを見つめた。その部下たちは、恐怖から体を震わせる。
その中で1人の男が右手を挙げ、ラブに尋ねた。
「お言葉ですが、あのシステムはデスゲームに適していませんよ」
「その件なら大丈夫。秘密裡にピッタリなウイルスを開発してもらったから」
「しかし、殺す必要はないのではありませんか?」
「命を賭けないと、彼らは真面目にやらないでしょ?」
小部屋に銃声が響き、右手を挙げたラブの部下の心臓から血しぶきが飛ぶ。
何が起きたのか。部下たちがラブの方へ視線を向けると、ラブの手には拳銃が握られていた。
「こういう反対因子が削除しないとね」
楽しそうに拳銃をスーツのポケットに仕舞うラブを他所に、部下の男たちの思考は停止した。
この場にいるラブを覗いた全員は、後悔していた。仮想空間に現実世界の人間を送り込むシステムを開発したくて、彼らはラブの元に集まった。しかし、ラブは残忍な性格。平気で何人も殺せるような人物だった。
48人もの男子高校生を拉致して、デスゲームを開催する。明らかな犯罪行為だが、ラブに従わなければ殺される。その恐怖が、次第に部下の良心を麻痺させていった。目の前で誰かが死んでも、何とも思わないように。
恐怖で支配された環境で、12回のデスゲームが開催され、拉致した男子高校生たちは全滅した。
同時期に椎名真紀は研究所の1室でラブに直談判した。真紀は、柄もなくラブの机を強く叩く。
「どうして13回目のデスゲームを、東京都千代田区で開催するの? あそこには私が通っている高校もあるんだよ」
「だから、どうした?」
ラブが首を傾げると、真紀は呆れてため息を吐いた。
「あの地区の男子高校生の中には、私のことを知っている人もいる。その人たちが、死んでいくのを指を咥えて見るのが嫌なだけ」
「そんなこと。だったら大丈夫。真紀ちゃんって中学校時代は地味な女の子だったんだよね。そんな女の子のことなんて、誰も覚えていないよ。でも、あなたの友達の赤城恵一様は、デスゲームに参加させるけどね」
ラブの発言を聞き、真紀の怒りが込み上げてきた。頭で恵一の顔を思い浮かべながら、真紀はラブに怒鳴る。
「赤城君は私の友達だから、巻き込まないで!」
「ダメ。ちょっと資金稼ぎをしないといけなくなったからね。赤城様に真紀ちゃんの記憶を消す薬を投与する。シニガミヒロインと新薬の人体実験。一石二鳥よ。その代わり、真紀ちゃんが通ってる高校からは、赤城様しか拉致しないから、安心して」
「安心なんてできない。そんなことしたら美緒が悲しむ。だって、未だにあのゲームを全クリできる人は現れていないんだよ。それに美緒は赤城君と一緒に登校してる。だから必然的に美緒は、赤城君が拉致される瞬間を目撃してしまう。毎回登校中を狙って拉致しているんだから。目の前で赤城君が攫われて、数日後に遺体となった彼と再会する。そんな悲しい思いを、美緒に体験させるわけにはいかない!」
「友達思いね。そんなあなたが、デスゲームに関与してるってことがお友達にバレたら、どうなると思う?」
暗く冷たい瞳でラブは、真紀の顔を見つめた。すると、真紀の顔は強張り、黙り込んだ。
そんな真紀の右肩を、ラブは優しく叩き、彼女に告げた。
「真紀ちゃん。退屈だよね。条件が整うまで待つのは。だから、ちょっとしたゲームをやろうよ」
「ゲーム?」
「ルールは簡単よ。現実世界の男子と恋愛シミュレーションゲームと同等の流れで恋愛するだけ。好感度上げて、下校イベントやメルアド入手する。とりあえず、ここまででいいから、暇つぶしにやろうよ。あっ、このリアルタイム恋愛シミュレーションゲームを攻略しないと、仮想空間にログインできないようにしたからね。外側のことは明美に任せてよ」
明らかに利用されていると思いながら、真紀は暗い顔になり、ラブへ嫌悪の視線を向けた。
「小倉明美に伝えて。赤城君には手を出さないでって」
「お断りです。それじゃあ面白くないよね。ゲームとして。それと、もう1つ仕事を追加。現実世界で仮想空間へ繋がる電波を飛ばしているんだけど、そいつが上手く使えるか試してほしいの。アクセスポイントは……」
「分かりました」
椎名真紀はラブの指示に従うことしかできない。しかし、それとは裏腹に、ラブのやり方は間違っていると感じていた。
この時、真紀は決意する。デスゲームに巻き込んでしまった赤城恵一を助けると。




