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シニガミヒロイン  作者: 山本正純
最終章 隠しヒロインの真実
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修羅場

 椎名真紀がラブに攫われてから、数日が過ぎた。その間、仮想空間内にいた赤城恵一は、幼馴染の白井美緒の安否を気遣いながら、何度も椎名真紀の携帯電話にメールを打ち続けた。

 あの一件以来真紀は、恵一からのメールを返信しない。それは、一時的に現実世界に戻る手段が絶たれたことを意味していた。

「結局全クリしないと、美緒の安否でさえ分からないってことか。もしくは、隠しヒロインとして椎名真紀が仮想空間に現れるのを待つか」

 昼下がり、もどかしい思いを抱きながら、恵一は休日の商店街を1人で歩いていた。


 今日は6月7日。明後日からは、新たなゲームが始まる。そうなれば、また多くの男子高校生が犠牲になるだろう。

 恋愛シミュレーションデスゲームが開始され、2カ月が経過し48人いた男子高校生の半数は死亡した。

 前回のゲームでプレイヤーを24人まで減らされ、現状も生存者は同じ人数をキープしている。

 ゲーム開始当初は、全員で現実世界に戻る方法を考えていた恵一だったが、ゲームが進む度に、その考えは儚く壊されていった。

 ゲームが進めば進む程、プレイヤーは減っていく。さらに、メインヒロインとの関係を拗らせてもアウト。メインヒロインに告白して、両想いになれば現実世界に戻ることができるが、それをすれば同じヒロインを攻略しようとしている矢倉と滝田が死ぬ。

 シニガミヒロインというゲームを全クリできるのは、最高で13人と決まっているのだから、13人が告白に成功したら11人は死ぬ。

 ゲームを攻略しようとすれば、誰かが犠牲になる。シニガミヒロインのルールは、誰かを見捨てなければ生き残れないようになっていた。

 全員で生き残るなんてことは不可能ではないかと恵一は思っていたが、彼には一筋の光が見えていた。

 それは椎名真紀という存在。なぜか彼女はシニガミヒロインに関与している。だから彼女と協力すれば、別の攻略法が分かるのではないかと、彼は期待していた。

 しかし、真紀は現在ラブのよってどこかに拉致されている。現実世界の協力者の所在が不明な現在、赤城恵一には打つ手がない。


 そんな時、恵一の視界の端に笑顔で歩く島田夏海の姿が映った。雑貨屋から出て来た夏海の隣には、見慣れない男がいる。

 茶髪の短い髪に、おしゃれなチャック柄のシャツを着こなす男。その男は明らかにモブキャラではない。

 男のことが気になった恵一は、雑貨屋の入り口まで走り、島田夏海に声を掛ける。

「島田さん。その男は誰だ?」

 前方から現れた赤城恵一に対し、島田夏海は笑顔になり答えた。

「北原君。偶然同じ雑貨屋で出会って、買い物の相談に乗ったんだよ」

 北原という名前に、恵一には心当たりがあった。北原瀬那。ヤンデレ外国人の木賀アリアを攻略しようとしている男。

 島田夏海の話から察するに、北原は島田夏海のサブヒロインのイベントを攻略したのだろう。岩田が言うには、サブヒロインとの関係も強めれば、メインヒロインの攻略に有利になるらしい。

 

 それだけのこと。北原は何もおかしなことはやっていない。そう思い問題を片付けようとした時、不意に修羅場イベントという言葉が浮かんだ。

「メインヒロインとサブヒロインが鉢合わせて、険悪なムードになること。兎に角爆弾処理に失敗したらゲームオーバーってことを覚えておけば、初心者でも大丈夫だと思う」

 ただサブヒロインのイベントを発生させただけで、修羅場イベントが発生するはずがない。恵一は心の中で、修羅場イベントを否定した。

 だが、同じく木賀アリアを攻略しようとしていた長尾の言葉が蘇る。

「恋敵を皆殺しにして、1人の男を愛するような女のことっすね。上級者向けの難易度Aだけど、命が幾つあっても足りないくらい、相当ヤバイっす」

 次第に嫌な予感が強くなっていき、恵一の体に悪寒が走った。


 3人の目の前に現れたのは、金髪碧眼に高身長で、無頓着と言わんばかりに後頭部の寝ぐせが目立っている少女。その少女の虚ろな瞳を見て、北原は戦慄した。

 その少女こそ、木賀アリア。彼女は虚ろな視線で、脅える北原の顔を見つめた。

「北原君。誰よ。その女」

 外国人にも関わらず流暢な日本語を話すアリア。彼女と島田夏海が鉢合わせてしまった。

 この状況はマズイと恵一は思う。彼の目の前では修羅場イベントが展開されているのだから。

 北原は恋愛シミュレーションゲーム上級者。だから、何とかこの修羅場を切り抜けるはずだと、恵一の心は安心させようとする。しかし、彼の頭から嫌な予感が離れない。

「偶然雑貨屋で出会った島田さんで……」

 北原が事情を説明しようとした時、アリアは彼の言葉を拒み、スカートから鋭利な刃物を取り出す。

「へぇ。じゃあ殺しちゃおうかな。浮気されたら困るし」

 その瞬間、赤城恵一の思考は固まった。アリアが手にしている刃物には、大量の血液が付着している。おそらく愛用している凶器なのだろう。

 アリアが発する狂気に、恵一は目を大きく見開く。その間にアリアは、刃物を握りしめ夏海に向かい走り始めた。

「恋敵を皆殺しにして、1人の男を愛するような女のことっすね」

 武藤の言葉が再び頭を過り、恵一の体は自然に動いた。アリアよりも先に島田夏海に近寄り、彼女の体を押し倒す。

 その直後、アリアの魔の手が、夏海を庇った恵一の背中を刺した。

 物凄い痛みが体を走る中で、恵一は思った。何をしているのかと。これはデスゲーム。仮想空間内での死は、現実世界での死と同義。

 即ちここで死ねば、恵一は美緒を悲しませることになる。そうなのに、恵一の体は動いてしまった。

 何のために夏海を庇ったのだろう。北原を守るため? それは違う。自分が夏海の代わりに刺されたとしても、修羅場イベントを切り抜けられない。

 何のために夏海を庇ったのだろう。理由すら分からず、恵一の体の血の気が引いた。そうして彼は静かに瞳を閉じた。




 強く激しい雨が降る。空を覆う黒雲から雷鳴が響く。その音は白井美緒の悲鳴を掻き消した。

 どこか分からない、生活感のない白い壁に覆われた部屋の中に、白井美緒がいる。

 その部屋を見渡す美緒の瞳に、床に仰向けに寝かせられ、血塗れになって倒れている男女の姿が映った。

「どうして……」

 その2人の男女は赤城恵一と椎名真紀だった。目を見開き、2人の元へ駆け寄る美緒。

しかし、2人の呼吸は絶たれている。

「馬鹿野郎。私に歯向かうからこうなるんだよ」

 不意にボイスチェンジャーの不気味な声が聞こえ、美緒は前を向き、その覆面の人物を睨み付けた。

 美緒の視線の先でラブが笑っている。

「許せない」

 怒りによって両腕を振るわせる白井美緒を、ラブは嘲笑った。

「分かってないね。椎名真紀は私の仲間。共犯として多くの人々を殺してきたんだよ。そんな奴も許せるの?」

 ラブは笑いながら、スーツのポケットから拳銃を取り出し、銃口を美緒に向けた。

 そして、トリガーが引かれようとした時に、白井美緒は目を覚ます。

 自分の部屋で眠っていた美緒は、荒くなった呼吸を整えながら、机の上に置かれたデジタル時計を見た。

 4月13日の午前5時10分。白井美緒は悪夢に魘されながら、その日の朝を迎えた。

 あれから白井美緒も、ラブによって拉致された椎名真紀にメールを送り続けた。しかし、いつまで経っても返信されない。

 まさかあれから椎名真紀は、ラブと名乗る人物に殺されてしまったのか。嫌な予感が頭を過る中で、美緒は夢の中でラブが言っていたことを思い出す。

「椎名真紀は私の仲間。共犯として多くの人々を殺してきたんだよ。そんな奴も許せるの?」

 その言葉を思い出し、美緒は唇を噛んだ。眠る時に見る夢は、自身の精神状態を映し出す鏡らしい。つまり、夢の中のラブの台詞は自身の疑問と同義だった。

「椎名さん自身がラブに騙されて、利用されてる可能性もゼロじゃない。だから信じてやれよ」

 ラブの台詞を否定する園田の言葉が頭に蘇り、美緒は不安から一転して、頬を緩めた。

「そうだよね。悪いのはラブ」

 椎名真紀はラブに利用されている。だから美緒は真紀のことを信じることにした。そういう結論に行きついた美緒は、少し早く大きく伸びをして、ベッドから起きた。


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