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シニガミヒロイン  作者: 山本正純
第三章 下校イベント争奪戦
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喜びと不安

 夕日が沈み始めた頃、悠久高校野球部の練習は終了した。グラウンド整備用のトンボを使ってグラウンドのコンディションを整える野球部員たちを静かな視線で堀井千尋は見ている。その彼女の足元には野球ボールが大量に入れられた買い物かごが二個程置かれていて、千尋はそれを両手で持ち上げようとした。

 その様子を見ていた村上隆司と櫻井新之助の2人は、透かさず彼女に近づき、買い物かごを片手で持ち上げてみせる。

「堀井さん。ボールだったら俺たちが片付けとく」

 櫻井が一言千尋に告げると、彼女は相変わらずもじもじと指を動かし、顔を下の向ける。

「その……ありがとう」

 村上と櫻井の2人は、堀井千尋が小声で呟いたのを確認すると、すぐに野球ボールを片付けるため彼女の元から去った。その様子を、下級生に指示をしながらグラウンド整備をしている三好勇吾は、ため息を吐きながら見ていた。あの2人は毎回練習が終わると、堀井千尋を手伝おうとする。そうやって細かく好感度を上げているのだろうと三好は思った。

 だが三好勇吾は、現在堀井千尋を手伝うことができない。この段階で出遅れているのではないかという考えが浮かんだが、彼はそれでも自分に与えられた仕事をこなそうとする。

 やらなければならないことは絶対にやると言う信念が邪魔ではないかという葛藤に襲われながらも、三好はグラウンドから余分な小石を拾い上げていた。

 その内視線を感じ取った三好は、顔を上げる。視線の先には、堀井千尋が立っていた。しかし三好と堀井の視線が合わさた直後、千尋の顔は赤くなって、彼女は視線を反らしどこかに移動した。

 一体何だったのかと三好は思いながら、彼はグラウンドを見渡す。グラウンドは練習前より綺麗になっていて、整備はこれで終わりだと三好は感じた。


 そうして全ての練習が終わり、グラウンドの前で横一列に並んだ野球部員たちが、一斉に大声を出し、頭を下げる。

「ありがとうございました!」

 練習終了後に、グラウンドに対して挨拶する野球部の風習の直後、野球部員たちは制服に着替えるために部室へと向かう。

 三好勇吾が部室で練習靴を脱いだ時、彼の耳にスマートフォンが振動するような音が届いた。三好は慌ててロッカーの中にある鞄からスマートフォンを取り出し、確認してみる。

『三好勇吾のターン。残り4分45秒』

 2回戦。下校イベント争奪戦は既に始まっている。全てを悟った三好は、急いで着替え鞄を肩に掛け、部室から立ち去った。

 時間はあまり残されていないため、三好勇吾は焦っている。タイムリミットまでに堀井千尋を探し出して、下校を申し込まなければ、負け。岩田波留の想いを無駄にしてしまう。

 ここで負けるわけにはいかない。そう思った三好は、土や小石が付着したアスファルトの上を走る。

 それから2分後。三好勇吾は校門の近くで佇んでいる堀井千尋を見つけ、彼女に近づく。

 まだ制限時間を迎えていない。あのリストバンドを右手に身に着けているから大丈夫だ。三好勇吾は強く心に呼びかけ、勇気を出し目の前にいる堀井千尋へ声を掛ける。

「堀井さん。俺と一緒に帰らないか」

 突然声を掛けられた堀井は、脅えるような仕草を見せる。ここまではこれまでの彼女の反応だった。しかし今日は違う。いつもの仕草の後で、千尋は小さく首を縦に振ったのだから。

「本当にいいのか」

「えっと……うん」

 相変わらず小声なリアクションだが、下校イベントは成立する。この事実に変わりない。


 3回戦進出という事実を胸に刻み、三好勇吾は堀井千尋の隣を歩き始めた。

 堀井千尋の下校イベントを一言で説明するならば、無言という単語に尽きるだろう。ただ彼の隣を無言で歩くだけのイベント。これのどこが楽しいのかと、三好勇吾は考えてしまう。

「岩田君に聞いてみた方がいいかもな」

 三好勇吾は思わず本音を口にする。しかし隣をひたむきに歩く堀井千尋は、そのことを気にしていない。

 堀井千尋が内気なのは今に始まったことではないが、それでも三好勇吾はつまらないと思う。これは三好勇吾にとって、初めて女の子と一緒に下校するという体験だった。この行為に憧れていた彼だったが、堀井千尋との下校イベントは、彼が期待していた物とは違う。

「ありがとう……」

 これは彼女の第一声。唐突に言葉が出てくるため、堀井千尋とのコミュニケーションは苦労すると三好は感じている。

 だが下校イベントはこれで終わりを迎える。なぜならその一言は、2人が別れる直後に彼女の口から零れたのだから。

 堀井千尋は三好勇吾に頭を下げると、そそくさと曲がり角を右に曲がり、彼から離れていく。

 堀井千尋と三好勇吾の下校イベントは、何事もなく終わりを迎えた。


 午後7時。赤城恵一はベッドの上でゴロゴロしながら、スマートフォンを操作していた。その画面には、今日の下校イベント争奪戦の結果が表示されている。


『3回戦進出者。18番。中田蒼汰。19番。中西優斗。21番。三好勇吾。28番。古畑一颯。35番。矢倉永人。36番。藤田春馬』

 

状況は良い方向に進んでいるように、赤城恵一は思った。これで現在3回戦進出を決めていないのは7人。その内の3人が、明日下校イベントを発生させれば、完璧だろう。

 自信に満ちた目で、恵一はスマートフォンを見つめる。だがそんな彼にも不安がある。桐谷凛太朗。彼は未だに下校イベントを発生させていない。誰よりも早く下校イベントを発生させると恵一は思っていた。だが現実はそうではなく、彼は苦戦しているらしい。

 絶対誰かを見殺しにしない。あの時赤城恵一はラブに宣戦布告した。その言葉を嘘にしないためにも、赤城恵一は桐谷凛太朗を見殺しにしない。だが彼には何もできなかった。恋愛シミュレーションゲーム初心者である故、彼は無力だ。彼が唯一できることは祈ること。


 その頃桐谷凛太朗は、街灯に照らされた夜道を1人で歩いていた。その手にはスマートフォンが握られていて、顔からは焦りが滲み出ていた。

 この段階で3回戦進出を決めたのは20人。現状下校イベントを発生させていないのは7人で、残る席は4つ。7人の内の4人が、明日下校イベントを発生させたら死亡。

 桐谷凛太朗は、恋愛シミュレーションデスゲームを楽しんでいた。だがこの状況に追い込まれた彼の顔には死への恐怖が刻み込まれている。

「屈辱です!」

 静かな夜の歩道の上で、桐谷は叫ぶ。静かに近づく死への恐怖を紛らわすために。しかし大声で叫んでも、現状は変わらない。

 やがてスワイプさせている自分の親指を止め、彼は立ち止まり考え込む。どこかに見落としはなかったのかと。

 この仮想空間で過ごしてきて1か月以上が経過した中で、桐谷は感じていた。この世界は現実世界をコピーしたようにリアルだと。所々恋愛シミュレーションゲーム特有のお約束が隠されているけれど、基本的には現実世界の恋愛と同じ。

 どうやって現役アイドルと下校するのか。これは難問だろう。いくらファンが少ないとはいえ、アイドルの周りのガードは堅い。

 さらに2回戦開始を告げるタイムリミットは、毎回午後4時10分頃からの5分間。その5分間、倉永詩織はどこかで待っているはず。だが今の桐谷にはそれがどこなのかが分からない。

「落ち着いて考えてみましょう」

 桐谷凛太朗は、自分に言い聞かせ状況を整理してみた。学校が終わるのは、毎日午後3時50分と決まっている。だから15分以内にどこかに移動して、午後4時10分になったら倉永詩織に下校を申し込む。

 それが下校といえるのかは別として、シニガミヒロインが無理ゲーじゃなければ、この流れが正しいと桐谷は思う。

 倉永詩織が通う全寮制の芸能高校の校門前。芸能事務所前。毎日公演する劇場に至る道。この3日間、桐谷凛太朗は下校イベントが発生しそうな場所に張り込みを続けて来た。だがどこも的外れ。ブログやSNSで情報収集しても、午後4時10分頃に倉永詩織はどこで何をしているのかという情報は得られない。

 手がかりゼロ。これが上級者向けの難易度Aである所以だろうと桐谷は思った。

 それでも桐谷凛太朗は諦めない。答えが導き出せない彼は、夜空に浮かぶ月を見つめて決意した。

 


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