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シニガミヒロイン  作者: 山本正純
第三章 下校イベント争奪戦
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誘惑

 そうして迎えた放課後。いつもと同じように、島田夏海は帰り支度を整え、昇降口に向かう。その後ろで矢倉永人は深呼吸していた。右手首には、岩田から受け取ったリストバンドが填められている。これさえ身に着けていたら大丈夫らしい。半信半疑な思いで彼女の後ろを歩き始めようとした瞬間も、制限時間は迫っている。

 このまま彼女の背後を歩いていても意味がない。そういう思いが矢倉の中で強くなり、彼はズボンのポケットの中で握り拳を作った。

 一度呼吸を整え、多くの生徒たちが歩く廊下で立ち止まり、彼は彼女の名前を叫けぶ。

「島田夏海さん。俺と一緒に通学路を歩こう」

 矢倉の大声を聞き、数十人の生徒たちが一斉に矢倉へと視線を向ける。これはいくらなんでもやり過ぎではないかと矢倉は思ってしまう。これは紛れもない公開処刑。矢倉は恥ずかしくなって赤面した。

 その一方で島田夏海は立ち止まって、彼の方向へ歩み寄る。徐々に2人の距離が近づき、彼女は笑顔を見せた。

「さっきのは告白みたいだね。少し恥ずかしかったかな」

 成功か。失敗か。どちらなのか分からない言葉に矢倉は困惑し、恐怖から瞳を閉じた。その後で島田夏海は、微笑み言葉を続けた。

「そういえば矢倉君は赤城君と仲が良かったよね。一緒に帰りながらお話したいな」

 思いがけない声に、矢倉は呆気に取られ目を点にする。

「それはどういうことですか?」

「矢倉君と一緒に帰りたいってこと。こんなこと恥ずかしいから言わせないで」

 この瞬間、矢倉永人は恐怖から解放されたかのように、表情が一気に明るくなった。

「本当に一緒に帰ってくれるのですか?」

「もちろん。早く行こう」

 矢倉永人はあっさりと3回戦進出を決めた。アイテムの効果は予想以上だと感じた矢倉は嬉しくなって、隣を歩く島田夏海の横顔を見つめた。

 この状況を一番驚いていたのは、滝田湊だった。どうせ今日も自分が彼女の隣を歩くことができると考えていた彼は、終礼が終わるとすぐに下駄箱の前に先回りして、島田夏海と一緒に帰る予定だった。だが今彼女の隣には、矢倉永人がいる。

 何が起きているのか。さっぱり分からない滝田は茫然とした視線で、遠ざかっていく島田夏海の姿を見つめることしかできなかった。

 夏海は、そんな滝田のことに気が付かず、楽しそうに靴箱から靴を取り出し、履き替えた。

 

 校門を潜り校外に出た先には、真っ直ぐな歩道が整備されていて、島田夏海と矢倉永人は横に並んで歩く。

 しばらく経ってから、島田夏海は隣を歩く矢倉永人と視線を合わせた。その後で彼女は尋ねる。

「白井美緒さんってどんな人?」

 唐突な質問に矢倉は困惑し、思わず立ち止まってしまった。同じように夏海も立ち止まり、彼と顔を合わせる。

「分からないですね。僕も会ったことがないから」

 嘘を吐いてもしかたないと思った矢倉は、真実を口にする。その後で島田夏海は、なぜか肩を落としてみせた。

「そうなんだ。少し気になっているんだ。赤城君が好きな白井美緒さんっていう女の子。矢倉君だったら知っていると思ったんだけど」

「GLですか?」

 本音を零した矢倉は、自分の口を塞ぐ。しかし彼女は、そんなことを気にせず笑った。

「GLってなんだっけ?」

「ガールズラブの略語で、女の子が女の子のことを好きになることって何を言っているんですか。僕は」

「まさかそんな趣味があるって思ってる?」

「それは違う」

「理解があって良かったわ。何か気になっちゃうんだよね。赤城君が好きな白井美緒さんっていう女の子。もちろん顔すら知らない美緒さんのことが好きっていう意味じゃなくて」

 夏海は再三に渡り、自分はガールズラブではないと訴え、両手を左右に揺らす。その仕草を可愛らしく思った矢倉は彼女に微笑み返した。

「分かりましたから。島田さんがGLじゃないって。そんなに美緒さんのことが気になるんだったら、赤城君本人に聞けばいいのではありませんか?」

「それもそうだね」

 再び歩き始めた2人は、十字路に差し掛かった。島田夏海は十字路の中心で立ち止まり、矢倉永人と顔を合わせる。

「矢倉君。今日はお話を聞かせてもらってありがとう。私はこっちだから、また明日ね」

 夏海はそう言いながら、右の方向へ指さす。矢倉永人は左側の通路と通過して自宅に戻る。即ちここで彼は夏海と別れることになる。

 ここは彼女を自宅に送るべきではないかと矢倉は悩んだが、その勇気が出ない。矢倉は仕方なく彼女に手を振ることしかできなかった。

「また明日」

 そうして矢倉永人の初めての下校イベントは終了した。


「許せませんね」

 滝田湊は怒りながら、道端に転がっている小石を蹴り上げながら通学路を一人で歩いていた。今日も島田夏海と一緒に下校するつもりだった。それなのに今日は、矢倉永人に先を越されてしまう。彼は未だにそのことを恨んでいる。

 間もなくして曲がり角に差し掛かり、滝田は左に曲がろうとした。

「これで不敗神話が途切れちゃったね」

 曲がり角の先から少女の声が滝田に耳に届く。曲がり角の先に視線を向けると、そこには小倉明美が立っている。明美はにっこりと笑い、滝田に近づき言葉を続ける。

「知ってるよ。優越感に浸りかっただけなんだよね。だから多くの初心者が選ぶであろう島田夏海を選んだ」

「何を言っている!」

 滝田湊は立ち止まり、彼女に怒鳴ってみる。だが明美は表情を変えず、一歩ずつ彼に歩み寄る。

「知ってるよ。滝田君はずっと夏海さんと一緒に下校したかった。それなのに今日彼女は、矢倉君を選んだ。これであなたが追い求めていた不敗神話が途切れた。だから滝田君は怒っているって」

 冷酷な視線が滝田に向けられ、彼の体に悪寒が走った。一歩も動けない滝田は、両目を大きく見開き、瞳孔を収縮させた。明美は声すら出せない彼の顎に、右手を置き微笑む。

「知ってるよ。あなたが弱者を蹴落として生きる汚い人間だって。そうやってこの17年生きてきたんだよね。完璧主義者な一面もあって、思い通りにいかないとゲームをリセットしたくなる。そんなありふれた男だって」

「もういい。何が言いたいんですか?」

 突然大声を出されたことにより、小倉明美は驚き目を丸くする。

「面白いことを教えるから、その怒りをぶつけちゃおうよ。これをやるためにはあなたの協力が必要なんだよね。まず……」

 明美の口から語られる作戦を滝田湊は、黙って聞くことしかできない。作戦を聞きおわった滝田は首を傾げ、疑問を口にした。

「ちょっと待て。NPCのお前がどうしてそんなことを知っているんだ」

「カードを独り占めしてるXって私なんだよね。ラブから受け取った、このスマートフォンで各ゲームの結果とかが見られるってわけ。パスワードを入力しないと閲覧できないから、小倉明美としての人格だと見られないんだけどね」

 小倉明美の悪魔の囁き。それを滝田は快く受け入れた。全ては言葉にできない怒りを満たすために。


 これでしばらくは死への恐怖から解放される。そう考えて嬉しくなった矢倉永人は、ルンルン気分で自宅に戻った。

 ニヤニヤと笑いながら玄関の前に立ち止まると矢倉は、突然鋭い殺気に襲われた。

「島田夏海さんとの下校は楽しかった?」

 背後から伝わる悪寒。矢倉は両目を大きく見開き後ろを振り向く。その先には小倉明美が立っていた。

「初めましてだったっけ。小倉明美だよ。もう一度聞くけど、島田夏海さんとの下校は楽しかった?」

 矢倉永人は恐怖から声を出せない。その様子を楽しむ明美は、悪魔のように微笑み、一歩的に話し始める。

「楽しくなかったよね。下校中の話題は、常に赤城恵一に関すること。まるで島田夏海は自分のことが見えていないのではないか。そんな錯覚が襲う。このままだと死にますよ。ここで赤城恵一を殺さないと」

「うるさい」

 ようやく言葉が出た矢倉が怒鳴る。

「本当のことでしょう」

 小倉明美がグイグイと矢倉永人に迫る。その内明美の巨乳が彼の体に当たる。矢倉は性的快感を覚えながら、大きく頭を振り彼女に言葉を返した。

「何を言っても僕は赤城君を裏切りません。赤城君はあの時僕を助けてくれたから」

 その決意は明美の耳には届かない。彼女は再び微笑み、矢倉の右肩に優しく触れてみせた。

「あんな偽善者の言うことを信じるなんて、馬鹿ね。この世界では、たった一言で人を殺せるんだよ。もったいないよね。彼には、絶対に解除できない高性能爆弾が仕掛けられているのに、それを誰も利用しないなんて。あの爆弾が爆発したら、死に至るよ」

 矢倉永人の心を闇が包んでいく。この状況では絶対に裏切らないという言葉も無意味になるだろう。まるで催眠術によって洗脳されているかのように、矢倉永人は黙って小倉明美の声を聞いていた。

「じゃあ、明日は頼んだよ」

 ウインクした小倉明美が、矢倉永人の元から去っていく。その後ろ姿を矢倉永人は、静かに見守ることしかできなかった。


次回。第50話突破。


シニガミヒロイン初のSS「いつか聞きたいこと」も読んでくださったら、嬉しいですね。

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