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シニガミヒロイン  作者: 山本正純
第三章 下校イベント争奪戦
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体育倉庫前の密会~岩田波留の場合~

「C組は佐原萌と大竹里奈のカード、合計2枚だけで良かったな」

 赤城恵一は考えを口にして、教卓の上に佐原萌Bと大竹里奈Aというカードを伏せた状態で重ね置く。次に彼はC組から脱出して、隣のB組の教室の前に立つ。現在彼の手元には、12枚のカードがある。その内島田夏海と堀井千尋のカードを抜いた8枚はB組に所属するプレイヤーが必要としている。C組と同じように教卓の上に8枚のカードを置けば全てが終わるはずだった。だが赤城恵一は躊躇ってしまう。先程小倉明美はB組に戻った。つまりB組の中には小倉明美がいる。素直な明美だったら何とかなりそうだが、残酷な方だったら厄介なことになる。

 教室のドアは、モザイクガラスになっているため中の様子は見えない。

「ダメだ。ここで躊躇っていたら誰かを救えない」

 そう思いドアに手を伸ばした時、彼の背後から岩田の声が聞こえた。

「赤城君。話したいことがある」

 恵一は背後を振り向き、岩田と顔を合わせる。

「何だよ。話したいことって」

「ここだと話しにくいから、人気の少ない体育倉庫前で話す。俺の話は秘密にしてほしいから」

「その話って8枚のカードをB組の教卓の上に置いた後じゃダメか?」

「それでも構わない。何なら僕も一緒に行こうか。怖いんだろう。小倉明美のことが」

 自分の心情を言い当てられ、赤城は目を見開き驚く。

「何でそれを知っている」

「彼女の恐ろしさは僕が1番理解しているから。2人だったら大丈夫だと思う」


 岩田波留はドアを開け、教室の中に足を踏み入れた。彼に続き赤城恵一も教室の中に入る。B組の教室の中には、早い時間帯だからか小倉明美しかいない。

 明美は教卓の前にカードの束を置く赤城恵一の姿が視界に入ると、突然席から立ち上がる。

「赤城君。やっぱり鞄は自分の席にあった」

「ああ、それは良かったな」

 明美の報告を聞き、恵一は言葉を返す。その隣で状況を理解できない岩田が、不満そうな表情を浮かべていた。

 明美は赤城の隣にいた岩田の方へ視線を移し、笑顔で挨拶する。

「いわ君。おはよう」

「おはよう。というかまず僕に挨拶する方が先ではないですか?」

「赤城君は私の鞄のことを心配しているように思えたから」

「そう。1人にして悪いけれど、今から赤城君と話してきます。それとカードを独占したことは誰かに謝ったのですか?」

「赤城君に謝ったよ」

「分かった。僕が教室に帰ってくるまで、誰にも謝らないでね」

 明美は何か話したげな表情で岩田の顔を上目遣いで見つめてくる。しかし岩田は彼女の元へ歩み寄り、明美の右肩に触れた。

「話したいことを全て話したら、ちゃんと話を聞くから」

 小倉明美は照れるように顔を赤くして、首を縦に振る。それから岩田は赤城と顔を合わせた。

「赤城君。体育倉庫で男同士の話をしよう」

 B組の教室から立ち去った2人は、人通りが少ない体育倉庫へ向かう。

 

 5分程で上靴に履き替えた状態で体育倉庫の前に2人は到着する。この場所は普通に登下校する際には必ず通らない。雑音も響かない静かな場所で、岩田が話を切り出す。

「まず僕の嘘は見抜いていますか?」

「ああ、Xの正体のことだろう。小倉明美を庇って嘘を吐いたんだよな」

「手間が省けました」

 岩田は安心したような表情を見せ、言葉を続ける。

「だったら話が早い。Xの正体を口外しないでほしい」

 意図が分からない申し出に赤城は呆気にとられる。

「どういうことだ?」

「全てはXの出現頻度を下げるため。赤城君は全員で生き残る方法を模索しているって噂を聞いたから、良い話だと思う」

「意味が分からない」

 要領を得ない説明に恵一が困惑すると、岩田は静かに彼へ尋ねた。

「二重人格のメカニズムって知ってる?」

「知らないな」

「ちょっと本を読んだことがあってね。二重人格者はオリジナルがピンチに陥ると、別人格が出てきて自分を守ろうとする。オリジナルっていうのは本来の人格のことね。彼女を傷つけたら、残忍な人格が出やすくなる。あいつが1日中現れるようになったら、俺たちを全滅させることも容易だろう。僕に協力しなければ、全員で生き残る方法が絶たれる。それでは聞こう。Xの正体を秘密にして平和な未来を選ぶのか。全員にXの正体を明かして、最悪な未来を選ぶのか。好きな方を選んでくれ」

 突然の選択。その答えは赤城恵一の中で決まっているのだが、彼はどうしても聞きたいことがある。

「岩田君は自ら悪役になってもいいのか」

「構わないさ。彼女の味方になることが唯一の攻略法だから」

 岩田は悪役になる覚悟を持っている。そのように感じた恵一は、静かな体育倉庫前で決断する。

「分かった。Xの正体は誰にも話さない。その代り、俺たちの仲間になってくれ」

「仲間というのは?」

 岩田は疑問に感じ赤城に尋ねる。

「単純な話。俺を含む3人の未経験者をサポートする経験者が必要なんだ。俺たちが生き残るためには。俺たちのクラスには桐谷君という経験者もいるんだが、彼は全員で生き残るって方法に乗り気じゃない」

「まあ、僕は小倉明美を守ることができたら、それでもいいと思っている。だから赤城君に協力しよう」


 岩田波留は右手を差し出し、赤城恵一と握手を交わす。何とか岩田を仲間に引き入れた恵一は彼に質問をぶつけた。

「早速だが爆弾とルートについてを教えてくれ。何か恋愛シミュレーションゲームの専門用語なんだろう。Xがルートを潰すのは嫌だからとか、矢倉君を爆弾で殺すって言っていたんだ」

 恋愛シミュレーションゲーム経験者ならあの言葉の意味が分かるはず。そうすればXの行動パターンも読み取れるのではないかと思い、赤城は藁をもすがる思いで岩田波留に尋ねる。一方の岩田は驚いていたようだった。

「本当に爆弾で殺すって言っていたんだな。聞き間違いじゃないよな」

「ああ、間違いない」

「マジかよ。予想はしていたが、実装されていたなんて」

「だから何なんだよ。爆弾って」

 気になって気になって仕方ないという赤城恵一に、岩田波留は真剣な表情で彼と向き合う。

「爆弾の説明をする前に、ルートの説明をやった方が分かりやすいな。ルート。正式名称はメインルートって言って、メインヒロインを攻略する際の道筋って意味。ルートに関しては難しく考えなくていいけど、厄介なのが爆弾っていう鬼畜システムな。分かりやすい経験談を話そうと思う」

 岩田波留は瞳を閉じ、当時のことを恵一に言い聞かせた。

「あれは7年前のことだった。兄貴がやっていた恋愛シミュレーションゲームが気になった俺は、兄貴に頼んでプレイさせてもらったんだ。それが初めての恋愛シミュレーションゲームだったな」


 7年前。岩田波留は学校から帰るなり、テレビゲームで遊んだ。プレイ開始から1週間、好感度を上げまくり、昨日初めて下校イベントを発生させた。

 今日も楽しい恋愛シミュレーションゲームが始まると思っていた矢先、忘れられない悲劇が起こった。

『あの……』

 テレビ画面の中、校舎の廊下におさげ頭の大人しそうな女子高生が佇んでいる。画面には2つの選択肢。

『A。話しかける』

『B。無視する』

「俺は理恵にしか興味ねえよ。時間の無駄だ」

 岩田はコントローラーのBというボタンを押した。この選択が間違いだったと岩田は思い知ることになる。

 しばらくプレイを進めていると、突然メインヒロインとして選んだお河童頭に前髪をヘアピンで止めた女の子、理恵が両手を腰に当て、怒っていた。

『涼子を傷つけるなんて。最低。もう話しかけないで』

 続けて画面が暗転し、バッドエンドという文字が表示される。何が起きたのか。岩田には分からず、茫然と画面に映し出されたバッドエンドという文字を見つめることしかできなかった。

 しばらくすると岩田の兄、岩田克明が自宅リビングに顔を出す。

「バッドエンドか。ちょっとこのゲームは上級者向けだったからな。1週間。よく頑張った」

 テレビ画面の前で座り込み、涙を流す波留は克明の顔を見て尋ねた。

「何がいけなかったんだよ」

「泣くなって。爆弾でやられたのは分かったから」

「爆弾って?」

「説明面倒だわ。サブヒロインのイベントをスルーしたら、メインヒロインの好感度にも影響が出てくる。このタイミングだと、涼子イベントをスルーして、理恵に嫌われたってところだな。これだけは覚えておけ。恋愛シミュレーションゲームは、メインヒロイン一筋じゃあダメだ。サブヒロインとも嫌われない程度に仲良くして、本命の好感度を上げないといけない」

 岩田克明は頭を掻くと、波留は目を丸くして尋ねる。

「じゃあ、どうして早く教えてくれなかったのですか?」

「悪かったよ。痛い目見なかったら覚えないと思ったし、俺が持っているゲームは全て上級者向けだから。1回サブヒロインイベントを断ったら即ゲームオーバーっていう奴を貸した俺がバカだった」

 兄は岩田波留を慰め、彼を決心させる。

「このゲームを攻略する。こんな悔しい思いをしたのは初めてだ」

 波留はセーブデータをリセットして、最初からプレイを始める。兄弟揃って負けず嫌いだと思った兄は、微笑ましくゲームに熱中する弟をソファーに座り見つめていた。


「とまあ、こんなことがあって以来、僕は爆弾処理の鬼になったわけで」

 岩田波留が悠久高校の体育倉庫の前で過去を振り返る。彼の話に耳を傾けていた恵一は首を傾げた。

「爆弾処理っていうのは?」

「そのままの意味。サブヒロインの爆弾が爆発することを阻止するために、サブヒロインをデートに誘ったり、2人仲良く会話する。デートイベントはまだ解禁されていないっぽいから、現状は会話することしか処理できない。ただしやり過ぎたら、修羅場イベントが待っているから注意が必要」

「修羅場イベントというのは?」

「メインヒロインとサブヒロインが鉢合わせて、険悪なムードになること。兎に角爆弾処理に失敗したらゲームオーバーってことを覚えておけば、初心者でも大丈夫だと思う」

 話したいことが終わり、岩田波留は昇降口に向かう。そんな彼を赤城恵一は呼び止めた。

「まだ聞きたいことがある。なんで告らないんだ。少し岩田君と小倉さんの関係性は良好に思えた。だから告白したらいいんじゃないのか」

 岩田波留は恵一の素朴な考えを笑う。そして振り向き様にこのように答えた。

「言い忘れていたけれど、恋愛シミュレーションゲームには一定の流れがあって、その流れを何回か経験しないと、告白成功率は0%になる。まあそういうことだ」

 岩田波留は一言だけ告げ、赤城恵一の元から去った。


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