2ndゲームの結果
本日最後の授業の終わりを知らせるチャイムの音が、校舎に響くのと同じタイミングで、矢倉永人のスマートフォンが振動を始めた。
これは下校イベント争奪戦開始を知らせる音。そう思った矢倉は帰り支度を整え、席から立ち上がる。一方で矢倉の順番が回ってきたことを察した赤城恵一は、周囲を見渡す矢倉に対し労いの言葉を掛ける。
「矢倉君。絶対上手くいくって。俺のことは気にせず頑張れよ」
「頑張ります」
矢倉は気合いを入れ、前方のドアを開け昇降口に向かう島田夏海の姿を見つける。彼はそのまま彼女に近づき、呼び止めた。
「島田さん。僕と一緒に帰ってください。お願いします」
わざわざ頭を下げ、一緒に下校するよう依頼する矢倉。夏海と矢倉の視線が合わさり、彼女は答えを口にする。
「今日はダメ」
一瞬で断られ、矢倉はその場に座り込んだ。その直後、やりとりを近くで見ていた赤城恵一のスマートフォンが震え、順番が回ってきたことを確信する。
今度は自分の番。赤城恵一はドアを潜り、廊下を歩こうとする彼女に声を掛けた。
「島田さん。良かったら俺と一緒に……」
赤城が述語を口にするよりも早く、島田夏海は首を横に振る。
「そんなことしたら、白井さんが怒っちゃうよ。喧嘩は嫌いだから」
また断られた。白井美緒が怒るからという理由で。明らかに彼女は白井美緒に対して気をつかっている。この時の赤城恵一は、この事実が意味していることに気が付いていなかった。
「じゃあ、滝田君。今日もよろしくね」
我に返ると、島田夏海の隣を滝田湊が歩いていた。2人は並んで昇降口へと向かっている。教室に取り残された矢倉と赤城は、絶望感に打ちひしがれる。
悠久高校の下駄箱の前。黒髪全体をウェーブさせた低身長の少女、平山麻友の前には杉浦薫が立っている。杉浦は彼女の茶色い瞳を見つめ、笑顔を見せた。
「平山さん。俺と帰ってください」
多くの生徒たちが2人の前を通り過ぎていく。そんな中の彼女の答えは昨日と同じだった。
「悪いけど、生理的に無理だわ。これが庶民が言うキモイって奴なのかも」
昨日の断り方と同じセリフ。ゲームの世界にも関わらず、その言葉は杉浦自身を傷ついてしまう。
「杉浦ってキモイよね」
現実世界の学校で何度も聞いた言葉がフラッシュバックされ、杉浦は怒りを露わにする。
「この世界だったら楽しく暮らせると思ったのに、何だよ。これは」
杉浦は平山と向き合い、下駄箱を叩く。壁ドンのような構図となり、平山は赤面しているのかと思い杉浦が彼女の顔を覗き込む。だが平山の体は恐怖から震えていた。
「これが壁ドンって奴? 漫画だと胸キュンするらしいけど、やっぱりないわぁ」
「こいつ……」
怒りが込み上げていき、杉浦は平山の頬を殴ろうと拳を振りおろす。その瞬間彼のスマートフォンが振動を始め、悪魔の声が昇降口に響いた。
『ごめんなさい』
杉浦の時間が停止して、下駄箱が突然倒れる。なぜか平山麻友には被害が及ばず、彼の体は下駄箱に押しつぶされた。
その様子を岩田と下校する小倉明美が横で見ながら、頬を緩めた。
「これで残り3人かな?」
岩田に聞こえないような小声で呟き、彼女は岩田の隣を歩く。その直後、下駄箱が元通りに再構成されていく。そこには杉浦の体はなく、明美の隣を歩く岩田は、この場で杉浦が亡くなったことに気が付かなかった。
「順番さえ回ってくれば何とかなると思ったのですが、結局最後に滝田が美味しい所を持っていかれましたね」
「ああ、そうだな」
2日連続で島田夏海は滝田と下校した。矢倉はこの事実に対して怒っている。その気持ちは赤城も同じだ。
「ストレートに拒否されると、精神的ダメージを感じますね」
「矢倉君は大丈夫だ。あの断り方だったらまだ可能性が残っている。問題は俺だよ。美緒が怒るからって断られた俺の心情を察してくれ。意味が分からない」
「残るチャンスは10回。その内僕と赤城君が2回滝田君より先に彼女と下校すればいいだけの話ですよ。大丈夫ですって。断るか断らないかの2択しかないんだから、確率は50%。運が良かったら彼女と下校できるはずです」
矢倉が冷静な考えを口にしたが、赤城は腑に落ちない表情を浮かべる。
「本当にそうか? 本当に確率は50%か? 俺はそう思えない。多分滝田君は必勝法を知っているんだ。敗因が経験の差だったら納得できる」
赤城の推理に矢倉は納得できた。だが彼らには必勝法が何なのかが分からない。
2人が教室の中で唸っていると、立て続けに2回彼らのスマートフォンのバイブが振動した。彼らは慌ててスマートフォンを取り出す。その画面には通知という文字が表示されている。
『処刑者リスト更新されました』
『3回戦進出者。確定しました』
合計2件の通知が届き、2人は互いの顔を見合わせた。
「どっちも嫌なニュースだな。どっちから確認する?」
「僕は処刑者リストを確認するから、赤城君は3回戦進出者名簿を確認してください」
矢倉の指示に従い、赤城は3回戦進出者を確認する。
「分かった。新たに高橋君と千春君、櫻井君が3回戦進出を決めたらしい。同じクラスに所属している奴が生き残ったから俺は嬉しいよ。どうやら三好君はまだ堀井さんと下校できてないらしいがな」
「その嬉しいニュースは、悲しいニューズの前では無意味ですよ」
矢倉は意味深に呟き、自分のスマートフォンを赤城に見せた。
『11番。杉浦薫。平山麻友に暴力行為。下駄箱に押しつぶされる』
同じクラスに所属していた杉浦が亡くなった。百谷次郎に引き続き、これで今日は2人A組に所属していた男子高校生が脱落したことになる。
2人は悲しい気分になりながら、状況を整理する。
「これで残りプレイヤーは27人。不謹慎だけど後3人脱落したら、チャンス10回残して2回戦攻略できますね」
「それだとダメだ。3回戦進出者は現状12人。残る席は12人。何とか3回戦進出して、脱落するはずの3人を救済しないと、ラブの思う壺だぜ。そいつらを救済する方法は思いついたんだが、問題は条件が揃わないと意味がないってこと。最終的にできたら救えると思う」
赤城恵一は最後の手段を頭に浮かべ、校舎の窓から遠くに浮かぶ白い雲を見つめた。
校門を潜った先にある一本道を、同じ制服を着た高校生たちが歩いている。その集団と距離を取り、岩田波留と小倉明美は同じ歩幅で足を進めた。
しばらく歩いていると岩田の制服の中に仕舞われたスマートフォンが震えた。何が起きたのか。岩田には分からず、彼は制服からスマートフォンを取り出そうと思い、ズボンに手を突っ込む。しかしそれを拒むように、小倉明美が彼の右腕を掴んできた。
「いわ君。今朝はありがとう。何か私を庇ってくれたみたいで」
赤面しながら明美は彼の体に寄り添う。遠くから見れば2人はカップルのように思える。告白でカップル成立したら現実世界に戻ることができるという本来のルールが岩田の頭に浮かび、彼は確信する。自分が全クリに1番近い存在ということに。
「僕は小倉さんの味方だから」
「でもね。いわ君だけが悪役になるのはいけないことだよね。だから月曜日になったら本当のことを話そうって思っているのよ」
小倉明美の横顔からは覚悟が感じられた。
「だけど、自分でも何があったのかも分からないんだろう。それで小倉さんを傷つけるわけには……」
「慣れているから。身に覚えがないことで怒られるのは」
明美は瞳を閉じ静かな口調で話す。
「でも理由が説明できないと、説得力がない」
「だったらそれらしい理由を一緒に考えて」
これは何を言ってもダメだと感じた岩田は、額に手を置く。
「小倉さん。その思考は冤罪事件に巻き込まれやすい」
少し言い過ぎたかもしれないと思った岩田は彼女の横顔を見つめる。明美は先程の自分の発言を気にしていないようだった。そのことに岩田が安心していると、明美は微笑む。
「私がやったことだってことは証明できるから、冤罪じゃないよね。心配してくれてありがとう」
岩田は赤面しながら微笑み返す。このままの関係が少し進展すれば、カップル成立も夢ではないと岩田は考えている。しかしまだ進展するのには早過ぎる。この恋愛シミュレーションゲームはコンティニューできない。だから慎重に行動しなければ命を落とす。まだ下校イベントを経験しただけで、大切なイベントが発生していない。幾つもの理由が重なり岩田は告白を躊躇っている。
それから友達以上恋人未満になりかけている2人は、楽しい会話を重ねた。交差点に差し掛かり小倉明美が立ち止まる。
「私はこっちだから、また来週よろしく」
「自宅まで送りますよ」
岩田が申し出ると、彼女は首を横に振った。
「大丈夫だから、バイバイ」
信号が青に変わり、小倉明美は右側に曲がった。岩田は彼女の後姿を見つめながら、小声で呟く。
「やっぱりまだイベントが残されているようですね。慎重に行動しないと」