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シニガミヒロイン  作者: 山本正純
第三章 下校イベント争奪戦
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Reason Why

 先程までXと表示されていた結果が岩田波留という名前に変わっている。岩田の手には18枚のカードが握られている。それらの事実からB組の男子生徒たちは全てを察した。

 岩田は目の前に座っている小倉明美からカードを受け取った。その結果、Xから岩田へとカードが譲渡されたことになったとしたら。

 B組の生徒たちはXの正体を察した。Xはこのクラスを支配している小倉明美だと。

 表示の変化に気が付いたのか、他のクラスの男子生徒たちが、B組の岩田の元に駆け付け、席に座る彼の周りを囲む。

「お前がXだったのか」

 怒りを露わにする百谷が指を鳴らしながら尋ねる。百谷の充血した瞳を見て、岩田は悩む。Xの正体を明かすべきか。正体を明かせば小倉明美は身に覚えのないことで孤立してしまう。この考えを否定させる根拠を、岩田は思いつかない。

 最初から考える必要はなかった。小倉明美を守る。そのための覚悟は岩田の中ではできていた。

「その通りだよ。お前らの怒りが収まるなら、こんなくだらないカード、お前らにやる。それで満足なんだろう」

 嘘であることを隠すように、岩田は不敵な笑みを浮かべてみせる。それから彼は百谷にカードを渡そうと思い、束を百谷の右腕に近づける。百谷がそれを掴もうとしたまさにその時、近くでやり取りを聞いていた三橋悦子が彼より先にカードを掴みとった。

「ダメでしょう。学校に関係ないカードなんて持ってきたら」

 冷静に正論をぶつける三橋の行動に、百谷の怒りはピークを迎える。

「返せ。それは俺の命に関わる大切な……」

「意味が分かりませんね。兎に角カードは預からせてさせていただきます」

「ふざけるな!」

 何を言ってもダメだと感じた百谷は、力強く握り拳を作った。その様子を近くで観ていた赤城恵一は、嫌な予感を覚え、体に寒気が走った。

「やめろ」

 赤城恵一の叫び声は百谷に届かない。百谷次郎はカードを奪った三橋の顔面を思い切り殴ろうと拳を振り下ろした。その次の瞬間、忌まわしきクラシック音楽が百谷の学ランのポケットの中から流れ、彼の時間は停止する。

 やがて百谷の瞳から光が消え、彼の体は壊れかけのロボットのように、ぎこちなく窓の方向へ歩き始める。

 赤城は百谷の動きを止めようと駆け寄るが、見えない何かで阻まれ、助けることすらできない。そして百谷の足が窓の淵の上に立ち、彼はそのまま窓から飛び降りた。

 正義感の強い青年は、窓に駆け寄り、下を覗き込むと、そこには百谷次郎の転落死体が転がっていた。遺体は白い光に包まれ消えていく。その様子を赤城は悔しそうに近くにあった机を叩きながら見ることしかできなかった。やはり百谷次郎が死んだことは、この場にいる男子生徒しか知らないようで、窓の近くにいた女子生徒たちは通常通り会話を楽しんでいる。最初から誰も死んでいないように。

 次に死ぬのは自分かもしれない。目の前で転落死した百谷のことが気になり、男子生徒たちは恐怖から身を震わせる。


 そんな中で岩田が自分の席から立ち上がり、なぜか困惑している三橋悦子に近づいた。

「三橋さんも忙しいだろう。よろしければ僕から先生に届ける」

「そう」

 三橋悦子は岩田からカードを奪ったことを忘れ、すんなりを彼にそれを渡す。

「ありがとう。約束通り先生に届けるよ」

 岩田は三橋に笑顔を見せ、教室から出て行く。そんな彼をB組にいた殆どの男子高校生たちが追いかけた。

 岩田は周囲を見渡し、廊下の真ん中に立ち止まる。

「岩田君。どういうつもりですか?」

 赤城恵一の右隣りにいた矢倉が尋ねると、岩田は笑いながら、カードを廊下にばら撒く。

「プレゼント。早く回収してください。もちろん交換条件もないので、ご自由にどうぞ」

 赤城は岩田の意図が分からなかったが、必死になり島田夏海のカードを1枚手に取る。

 その様子は虫が光りに群がるのと同じに見えた。廊下から全てのカードが回収されていく様子を見ながら、笑みを浮かべる。間もなくして廊下から全てのカードが消え、岩田は拍手した。

「わずか30秒程で暴動も起こさず全てのカードを回収するとは、素晴らしい。凄い執念だな」

「何が目的だ。何のためのカードを独占したんだ。答えろ!」

 赤城恵一は岩田の顔を睨み付け問い詰める。それに対して岩田は無表情になる。

「カードさえ手に入れば、理由なんてどうでもいいことでしょう。だから答えない。周りを見ろよ。みんな僕には興味ないみたいだから」

 赤城は首を左右に回し、周囲の状況を確認する。現在岩田の前にいるのは、赤城と矢倉の2人だけで、残りの14人は目的が達成され満足したのか、岩田から離れ教室へと戻っていく。

 赤城は岩田から遠ざかる三好の後姿を見つけ、すぐに追いかけ彼の右腕を掴む。

「三好君。なんでカードだけ取って教室に戻るんだよ」

 三好は一瞬立ち止まり、赤城に真顔を向けた。

「この場に残る理由なんてない。岩田君がなんでカードを独占したのかなんて、どうでもいい。来週もXがカードを独占したら、また岩田君を問い詰めれば何とかなる。皆そう考えているんだ」

三好は赤城の腕を振りほどき、A組へと戻る。

「分かっただろう。実はXが誰かなんてどうでもいい話題なんだよ。そもそも赤城君は、僕がカードを独占した理由を聞いて、どうするつもりなんですか?」

 岩田が笑いながら首を右へと傾げ尋ねる。

「独り占めはいけないことだから、なんでそんなことをしたのかを聞く権利がある」

 赤城の口から最もな正論が聞こえ、岩田は腹を抱えて笑う。その笑い声は静寂を保っていた校舎の廊下に響く。

「独り占めはいけないこと。そんなことは小学生でも分かる。でもね。どんな理由で人を殺したとしても、被害者は被疑者を恨むんだよ。何を言ってもXという悪人を、君たちは恨み続けるだろう。その結果は変わらないから、理由なんて無意味」

 岩田は自分の眼鏡の位置が両目より下へ落ちているのが気になったのか、左手で元の位置に戻す。その仕草を赤城の隣で見ていた矢倉は、何かを察した。

 沈黙する赤城に岩田は言葉を続ける。

「皆は僕がカードを独占したことに怒っているんだろう。だから皆が欲しい物をプレゼントしたら、怒りが収まった。理由なんてどうでもいい。自分さえ生き残ればそれでいい。これが人間の心理って奴だ」

 岩田は頬を緩め、赤城の耳元で囁くように一言告げると、B組の教室に戻った。

「君は偉いね。真っ向から問題に立ち向かおうとする」

 

 自分の正義感は偽善だったのかという考えが赤城の頭を支配し、彼は岩田に言い返すことができなかった。そんな彼に隣にいた矢倉が優しい力加減で赤城の右肩を持つ。

「岩田君は嘘を吐いていますよ」

 矢倉は視線の先に岩田の後姿を捉え、赤城に伝える。

「なんでそう言えるんだ」

 赤城は矢倉の根拠が理解できず、首を傾げた。矢倉がなぜ岩田の嘘を見破ったのか。その理由は一目瞭然だった。

「実は僕、岩田君とは同じ高校の同級生って関係なんです。だから分かるんですよ。わざわざ利き手じゃない左手で眼鏡の位置を直す仕草をしたら、何かを隠しているってサインだって。特別仲が良いってわけじゃないけれど、僕には分かります。岩田君はカードを独り占めするような人じゃないって」

 岩田の話はおかしくないと赤城は思った。東京都千代田区に高校が48校もあるとは思えない。だから何人かは同じ高校の同級生という関係が生まれる。

 ここで赤城恵一の頭に幾つかの疑問が浮かぶ。なぜ岩田波留はあのタイミングで自分がXだと明かしたのか。矢倉の証言が正しいとすれば、彼は何を隠しているのか。

 ラブが東京都千代田区の高校2年生を拉致した理由。地名は適当かもしれないが、これまでのデスゲームのプレイヤーは高校2年生に統一されている。恋愛シミュレーションゲームをさせるなら、経験者だけを拉致してデスゲームをやればいい。初心者から上級者までを無差別に集める理由が分からない。

 もうすぐ朝礼は始まる。謎が多いと思いながら、赤城恵一は矢倉と共に教室へと足を進める。

「あれ?」

 最後に浮かんだ疑問に思わず赤城恵一は声を出してしまった。突然のことに矢倉は心配そうに彼の顔を見つめる。

「どうしました?」

「矢倉君は岩田君と同じ高校に通っていたんだよな。今更気が付いたことだが、俺と同じ高校に通っていた奴は、あの48人の中に1人もいないんだ。おかしくないか。東京都千代田区には高校が48校もない。だから最低1人は同じ高校に通っていた同級生がいるはずなのに、俺にはそんな奴がいない。作為的な何かを感じる」

 赤城恵一は全ての疑問の答えが分からず、霧に包まれたような思いで矢倉と共に、A組に戻った。


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