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シニガミヒロイン  作者: 山本正純
第三章 下校イベント争奪戦
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体育倉庫前の密会~小倉明美の場合~

 5月8日の登校中、赤城恵一は何気なくスマートフォンを弄りながら歩く。その時彼の瞳に思いがけない文字が映り、足を止めた。

「どういうことだ!」

『残りカード0枚。X。カード所持数。19枚』

 画面に映ったのはXというプレイヤーが、昨日と同じようにカードを独占したという事実。何が起きたのか。赤城恵一には分からず、彼は急いで悠久高校へと向かった。


 赤城恵一が2年A組の教室を勢いよく開ける。そこにはA組の男子生徒たちが全員集合していた。百谷次郎は女子生徒がいない教室の中で机を思い切り叩く。その音が教室に響いた直後百谷次郎の怒号が聞こえる。

「またXがカードを独占しやがった。許せねえ」

 百谷の心は焦りと怒りに満ちている。それは誰が見ても分かることだろう。

 怒りの空気に満ちた教室の中で平気な顔をしていたのは、滝田と桐谷だけだった。

 桐谷は不穏な空気を壊すように高笑いする。

「これで終わりましたね。Xからカードを取り返さないと下校イベントは発生しませんよ。ご愁傷様です」

「何で笑えるんだ。桐谷君だってまだ……」

 赤城が笑う桐谷を睨み付ける。桐谷は赤城の声を遮り、彼に近づく。

「カード探しなんていう茶番に付き合わなくても、彼は自滅しますから」

 桐谷の自信を裏付けるかのように、彼のスマートフォンに通知が届いた。表示された文字を見て凛太朗は頬を緩める。

「はい。順番が自動的に確定しました。どうやら松井君がXからカードを受け取ったみたいですね」

 桐谷の笑い声が教室に響く中、赤城たちは一斉にスマートフォンを取り出し、カード所持者を公表するページを閲覧してみる。

『残りカード0枚。X。カード所持数。19枚』

 ページが更新されたらしく、Xが所持しているカードが5枚減っている。

「B組の松井だったな」

 目を充血させるほど怒っている百谷は、拳を鳴らしながら、隣のクラスへと移動する。赤城恵一はカードを独占するXのことが許せず、彼に続くようにB組へと向かった。

 その後ろをぞろぞろとA組の生徒たちが歩く。A組の教室はカードを探す必要がない滝田とカード探しに興味がない桐谷の2人を残し、静かになった。

 百谷が隣のB組の教室を開ける。その先には暗く重たい空気が流れていて、彼は思わず怯んでしまう。それでも教室の中に入り、百谷が声を荒げる。

「松井博人。誰からカードを受け取った!」

 しかしそこには松井博人の姿はなかった。


 悠久高校の体育倉庫前。人通りが少ないこの場所に、松井博人が座り込んでいた。

 下履きでこの場所に呼び出されたため、靴は土や砂で汚れている。絶望感に陥る少年に相対するように、小倉明美が体育倉庫の段差上に腰を落とし、スマートフォンを弄っている。そのスマートフォンの後ろには、31という数字がプリントされていた。

「返せよ。俺のスマートフォンを返せって言っているんだ!」

 松井は悔しそうに、両足の太ももを叩き、目の前に座っている少女を睨み付ける。だが彼女は冷酷な視線を彼に向ける。その顔は笑っているように見えた。

「倉永詩織のブログに書き込み完了。今日は好きな女の子とデートするってね。じゃあ、今日は昨日の夜みたいに、楽しいことをやりましょう。昨日が初めてだったんだよね」

「お前。自分が何をやったのか分かっているのかよ。あれを俺が告発したらお前は退学するんだぞ」

「殺意に満ちた暗い瞳。好きだよ。でもね。私と心中なんて不可能だから。あなたは私を殺せない。それが分かったら、昨日の夜みたいにキスしてほしいな」

「お前」

「常識だよね。私からの誘いを断ったらどうなるか。いつでもあなたを殺せるんだよ。どうやら今回は私の出番はなさそうだけど」

 その時2人の前に灰色のパーカーを被った背の低い男性が姿を現した。その男は強くナイフを握っている。男は明らかに悠久高校の生徒でも先生でもない。校外からの侵入者だということは、松井にも察することができた。

 男は松井と視線を合わせ、凶器を強く握りしめ、彼に突進する。一瞬の出来事で何もできなかった松井は、突進された衝撃で仰向けに倒れた。それから男は松井の体の上に馬乗りになって、手にしていたナイフを勢いよく松井の心臓に突き刺す。

「俺の詩織の前で女とキスしやがって。許せねえ」

 熱狂的なファンは大声で犯行動機を自供して、松井の頬を殴る。男は奇声を叫びながら松井を殴り続けた。何度も素手で殴られた松井の顔は赤く腫れ、大きな痣もできる。なぜか口腔に血液が溜まり、鉄のような味が舌の上に広がった。

 その後で侵入者は、松井の心臓に突き刺されたナイフを抜く。それで心臓から血液が溢れ、学ランの下に着ているワイシャツが赤く染まる。

 小倉明美は無残に殺されていく松井のことを気に掛けない。普通の女子高生なら、この現場から目を反らす。しかし明美は一瞬も目を反らさず、ただクラスメイトが殺されていく瞬間を黙って見ていた。

 間もなくして、松井の心臓が止まり、彼はそのまま息を引き取る。遺体は白い光に包まれ消えていく。その現象を見つめながら、明美は微笑む。

「また壊れちゃった」

 小倉明美は逃げていく不審者の後姿へ視線を移しながら、生徒手帳をスカートのポケットから取り出し、広げてみせる。その手帳にはQRコードが記されたカードが挟まっていて、彼女は1枚ずつ長方形の紙を数える。

「やっぱり1枚ただの紙切れになってるわ。少し貢献しちゃったかな」

 小倉明美が青空を見上げた頃、処刑者リストが更新された。


『31番。松井博人。校舎内に侵入した根狂的なオタクに心臓を刺され死亡』

「やっぱり」

 桐谷凛太朗は教室の自分の席に座り、頬を緩め呟く。その彼の手にはスマートフォンが握られていて、画面にはライバルが死んだことを示す処刑者リストが表示されていた。

 それを読み、桐谷の推測は確信へと変わる。一方女子生徒たちは当たり前のようにガールズトークをしていた。少女たちの会話を横で聞きながら、桐谷は窓の外へ視線を向ける。

 丁度その頃百谷たちが2年A組の教室へと戻ってくる。百谷と千春は教室に戻ってくるなり、桐谷が座る席へと駆け付けた。

「どうでしたか?」

 冷めた口調で桐谷が尋ねると、百谷は相変わらず拳を鳴らし、怒りをアピールする。

「唯一Xと接触した松井が死んだから、誰がXなのかが分からない」

「そうですね。昨日もXと接触したのは松井君だけのようですし。難航してきましたね。僕には関係ない話ですけど」

「まだだ。Xが所持しているカードがまた1枚減っているから、また誰かがXと接触したんだよ。そいつを探して聞き出せば……」

 百谷は自分のスマートフォンに表示された画面を、桐谷に見せる。

『残りカード0枚。X。カード所持数。18枚』

 その画面を見て桐谷凛太朗は失笑する。

「百谷君。本当は馬鹿でしょう。ルールを思い出してください。ゲーム中に脱落者が出たら、カードの枚数が減ります。倉永詩織のファンは僕と松井君しかいません。そして僕たちは昨日彼女と帰宅していない。つまりXは倉永詩織のカードを2枚持っているんです。それから先程松井君が亡くなったから、カードは2枚から1枚に減る。ここまで言えば分かるでしょう」

「カードを順番を決めるためのアイテム。それが1枚しかなくなれば存在意義がなくなる。そういうことかよ。間際らしいな」

「僕には関係ないことだけど、Xは危険な存在だから気を付けた方がいいですよ」

「関係ないって」

 沈黙を貫いていた千春が突っ込みを入れると、桐谷は窓の方へと顔を向ける。

 

 悠久高校の体育倉庫前で、小倉明美は困惑していた。彼女の手には18枚のカードが握られていて、それの表面には女の子の名前、裏面にはQRコードが印刷されている。

 そのカードのことも気になるが、なぜこの場所で座っていたのかも分からない。ただ分かるのは、もう一つの人格の仕業だということだけ。

「今度は何をしたんだろう」

 校門を潜って教室の自分の席に鞄を降ろした所までのことを彼女は覚えている。だけどそれからこの体育館倉庫の前に移動して何かをやった時のことは何も覚えていない。

「相談できるのは、いわくんか悦子しかいないよね」

 何をやったのかが分からず、不安に陥った彼女はスカートに付着した砂埃を払い、2年B組の教室へと戻った。

 朝礼が始まる直前の2年B組の教室の中は、静寂に包まれている。その中で自分の席に座っている髪型を七三分けに整えられた赤色の淵の丸眼鏡をかけた青少年の姿が小倉明美の瞳に映り、彼女は笑顔を見せた。そして彼女は透かさず彼の前の席に座り、彼の顔を覗き込む。

「いわ君。少しいいかしら」

「明美さん」

 岩田波留は笑顔を見せ、彼女の顔を呼ぶ。

「また変なことをやったみたいなんだよね。昨日だって帰りが遅いってお母さんに怒られたし」

「変なことって」

「それが分からないから相談しているんだよ。一応学級委員長だから、校則に違反するような行為をやっていたら、マズイよね」

 岩田波留は彼女からの質問に答えることができない。彼も小倉明美が何をやったのかを把握していないから。分かっているのは彼女が二重人格者で、小倉明美自身は裏人格の存在やその奇行を把握していないこと。

 おそらく彼女の良き相談相手になることが、攻略のカギではないかと岩田は信じている。

「それと気が付いたらこんなカードを持っていたんだけど」

 小倉明美は岩田の机にカードを置く。それを岩田が手に取った。するとB組の中にいた男子生徒たちが一斉に彼に注目する。その理由は机に隠して確認したスマートフォンを見れば一目瞭然だった。

『残りカード0枚。岩田波留。カード所持数。18枚』


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