希望の賭け
午前8時15分。いつものように女子生徒たちが登校してくる。しかし矢倉は一向に姿を現さない。何かがおかしいと赤城は思いながら、島田夏海に話しかける。結局2人で会話をしている最中に滝田も会話に加わったため、3人で話しをすることになった。
そうして15分後に朝礼が始まる。教卓の前に立った担任の秋山先生は、生徒たちに告げた。
「矢倉君は風邪をひいたため欠席だ。それでは連絡事項を伝える」
その日。矢倉は欠席した。朝礼終了後の休憩時間、島田夏海は赤城恵一の前で不安を口にする。
「矢倉君が欠席するなんて心配だな。昨日あんなに元気そうだったのに」
夏海の顔は本気で矢倉のことを心配しているように赤城には見えた。
「だったら俺が放課後お見舞いに行ってくる」
「赤城君。私は放課後予定があっていけないけど、矢倉君に会ったら、元気になってって伝えてね」
「分かった。そういえば聞き忘れていたんだが、節子ちゃんは何の病気だ」
「心臓病でね、今週の土日にも入院して検査を受ける予定。矢倉君より節子の方が心配なんだよね」
それから赤城は昨日と同じように島田夏海と会話を重ね、地道に経験値を稼いだ。
放課後。赤城恵一は矢倉永人の自宅を訪れた。彼がインターフォンを押すと矢倉の母親らしき女が玄関のドアを開ける。
「永人の友達かい。だったら説得してほしい。永人が自分の部屋から出てこないんだ」
母親らしき女の言葉を聞き、赤城は困惑する。
「でも風邪だって先生は言っていたが」
「それはそう言ってくれって永人に頼まれて」
何となく状況を察した赤城は首を縦に振り、女に案内され矢倉永人の部屋へと向かう。
赤城は階段を昇った先にあるその部屋のドアノブを握り、部屋へ入ろうとする。しかし部屋のドアは開かない。内側から鍵がかけられているようだった。
仕方なく彼はドアの前で大声を出す。
「矢倉君。中にいるんだろ。どうして学校をサボったんだ」
「学校が怖くなったから」
ドアを挟み矢倉の声が赤城の耳に届く。弱弱しい声を聞き恵一は矢倉の母親の顔を見る。
「ここからは男同士の話になる。だから降りてくれ」
赤城の説得により母親は階段を降りはじめた。そうして1人になった彼はドアの向こうにいる矢倉に声を掛け続ける。
「矢倉君。お前が不登校になった理由は分かっている。1人で問題を抱えないで俺を頼れ。俺だったら悩みを打ち明けられるはずだ」
力強い赤城の声に感化されたのか、矢倉は少しだけドアを開けた。
「分かりました。入ってください」
赤城恵一は何とか矢倉の部屋に入ることができた。部屋の中にいた矢倉の顔色は良い。
「風邪っていうのは嘘かよ。島田夏海が心配していたぜ」
「そうですか」
元気がない矢倉の声を聞き、赤城は心配になる。
「不登校になった原因はデスゲーム絡みだと思うが、当たっているか」
「そうですよ」
矢倉は小さく首を縦に振った。彼は暗い表情になり、そのまま言葉を続ける。
「怖くなったんです。昨日谷口君と多野君が亡くなったじゃないですか。少しの間違いで自分の首を絞めることになる。あのまま昨日と同じように会話したとしても1日で200経験値を稼ぐだけで精一杯。頑張っても1週間で4000経験値を稼ぐことはできない。1日目で言ったように、もうすぐ僕はこの世界から消えるんです」
「今なんって言った」
矢倉の言動に違和感を覚えた赤城が聞き返す。
「もうすぐ僕はこの世界から消えるんです」
「そのもう少し前。昨日と同じように会話したとしても1日で200経験値を稼ぐだけで精一杯って言わなかったか」
「確かに言いましたが、それがどうかしましたか?」
「昨日矢倉君は俺と同じように島田夏海と会話したよな。そうすることで矢倉君は200経験値を得た。だが俺はその倍の400経験値を得たんだ」
「どうせ抜け駆けして200経験値を稼いだんでしょう」
矢倉が最もなことを言うと、赤城は首を横に振った。
「そうではない。ただ昨日の昼休みに島田夏海に制服の裾を掴まれただけで」
「やっぱり抜け駆けしましたね」
「あの時はラブに脅えた彼女が突然裾を掴んできただけだ。それだけで200経験値が入るとは思えない。もしかしたらここに攻略法が隠されているのかもしれない。それともう1つ気になっていることがある。俺は昨日と同じように島田夏海と会話した。そうすることで得られる経験値は200のはずなのに、なぜか220経験値を得ていたんだ。どこから20という数字が出たのか気にならないか」
赤城の話を聞きながら矢倉は顎に手を置いた。
「経験値が2倍ですか。もしかしたら桐谷君は初日から経験値を2倍にして600もの経験値を稼いだのかもしれませんね。そして他の恋愛シミュレーションゲーム経験者たちも同様の手口で経験値を稼いでいたとしたら」
矢倉の推理にハッとした赤城は手にしていたバッグから紙とシャープペンシルを取り出し計算を始める。
200x=220
この方程式の答え。それは1.1。この数字に赤城は心当たりがあった。
「そういうことかよ。俺の現在のレベルは11だ。つまりレベル10を超えたら各レベルに応じて補正がかかる。レベル11だったら経験値を1.1倍にするって感じに。レベル11から解禁される経験値補正に、経験値2倍の謎。それを組み合わせたら、希望が見えてくる」
「希望って言ってもどうするつもりですか」
「最初から言っているだろう。島田夏海が喜ぶことをすれば、経験値を稼ぐことができるって。だからこれは賭けだ。その賭けをするために日曜日の朝までにレベルを12まで上げてほしい」
「レベル12ですか。今の僕のレベルは9だからレベルを残り3つ上げればいいんですね。レベル12までの残り経験値は、300だから簡単そうですね」
「いや。レベル10以降からレベルを上げるのに必要な経験値が1桁増えるから、今日を含めた3日間で残り2100経験値を稼がなくてはならない。メインヒロインアンサーで1問でも多くS評価の答えを選択して、楽になれ」
「頑張ってみるよ」
矢倉は元気を取り戻した。これで明日から矢倉は学校に行くことができるだろう。
その後で赤城は最後の賭けの全貌を矢倉に伝える。
「この作戦を実行するには金が必要だ。ここに来る前にコンビニに寄ったんだが、どうやらこの世界の物価は現実世界と同じらしい。だから予算は1人辺り500円くらいでいいと思う。別の問題は、日曜日島田夏海はどこにいるのか。その問題の答えは病院だろう。節子ちゃんが検査入院するらしいからな。こっちも賭けだから確証はない。日々の努力と500円で生き残ろう」
「だから何をするのですか?」
矢倉が急かすように尋ねると赤城は人差し指を立てた。
「それは……」
赤城の口から語られる作戦を聞き、矢倉は驚愕を露わにする。
「本気ですか。たった2人でやるんですよ。それもタイムリミットは今日を入れて3日。いくらなんでも無茶です」
「矢倉君。ここまでやらないと生き残ることはできない。だから一緒にお小遣いを持ってコンビニに行こう。これは俺の直感だから根拠はないけど、2人だから効果は倍増すると思うんだ。これが10人だったら、経験値が倍にならないと思う。それでは意味がない」
「分かりました。赤城君を信じて賭けに挑みます。ところで賭けの最終調整はどうしますか?」
「今週土曜の午後。俺の家で行う。それまでに準備しろ」
「了解です」
赤城を信用した矢倉は彼と握手を交わす。それから2人はお小遣いを握りしめ、そのままコンビニへと向かった。全ては最終日の賭けを成功させるために。