ドキドキ生放送
仮想空間。4月6日。月曜日。
小部屋の中に置かれたベッドの上で、赤城恵一は目を覚ました。
彼の体には羽毛布団がかけられている。その布団を畳み、彼はベッドから起き上がった。
「ここは……」
ベッドの前には学習机が置かれ、その棚には数冊の教科書が並べられている。
学習机から左へと視線を移すと、そこにはクローゼットがあった。その反対側には大きな窓が見える。
出入り口である木製のドアは、ベッドとクローゼットの間にあった。
この見覚えがない部屋はどこなのか。
この部屋には、赤城恵一しかいない。
残りのプレイヤーたちはどこに消えたのか。
あのデスゲームは夢だったのか。
様々な疑問が浮かぶ中、突然赤城がいる部屋に、大きなアラーム音と朝に相応しい静かなクラシック音楽が流れた。
音楽は、学習机の上で充電中のスマートフォンから流れている。
赤城は慌てて、スマートフォンから流れた音楽を止める。
「このスマートフォン」
赤城は大きく目を見開き、驚いた。学習机の上で充電されていたスマートフォンは、デスゲームで使用された物と同じである。
五人もの男子高校生が殺害されたという記憶が、スマートフォンを見る度に思い出される。
彼が現在使えるアプリは以下の通りだ。
『シニガミヒロイン』
『ドキドキ動画』
『メールアプリ』
『インターネットアプリ』
『マップアプリ』
赤城は、この5種類のアプリしか入っていないことを認識した。
そして次の瞬間、スマートフォンが震え、メールが届いた。
赤城は嫌な予感を覚えながら、メールアプリをタップする。すると1通のメールが届いていることが分かった。
その後で彼は受信という文字をタッチして、メールを読む。メール機能とは言ったが、主催者から届くメールを受信するためだけの機能だった。返信することもできなければ、誰かにメールを送ることもできない。一方的にメールが届く機能は、現実世界では欠陥になると恵一は思う。
メールの差出人を読み、赤城の顔は青ざめた。メールの差出人は、ゲームマスターのラブ。この事実はデスゲームが夢ではないことを意味しているのではないかと、赤城は思った。
次に赤城はメールの文面に目を通す。
『1分以内に、ドキドキ動画ってアプリの中にあるドキドキ生放送って文字をタッチしてね。1回戦のルール説明が始まるよ。遅刻はゲームオーバーだから、気を付けて!』
明るい印象に狂気が混ざる文章。これは間違いなくラブが書いているのだろう。
悠長に考えている暇は、赤城には残されていない。メールが受信されたのは、午前6時29分。それから1分後に、第1回戦のルール説明が始まる。
残りは数10秒。それまでにアプリを起ち上げなければ、死が待っている。
赤城は慌てて、メールアプリの隣にある、『ドキドキ動画』というアプリをタッチした。
そのアプリをタッチしたら、間もなくして『ドキドキ生放送はこちらから』という文字が表示される。赤城は冷や汗を掻きながら、その文字をタッチした。
赤城は何とか制限時間に間に合うことができた。
午前6時30分。スマートフォンの画面に、白い部屋の中で後ろ手に何かを隠すように立っているラブが映し出された。
『皆様。お目覚めでしょうか? あのクラシック音楽とアラーム音で起きなかった人はいないでしょうね。えっと。動画の閲覧者数は、42名。あれれ。誰かな。動画を見ていないのは。命令を聞かない悪い子は殺しちゃうよ』
赤城の体に寒気が走る。この瞬間、誰かが死ぬのかもしれない。もしかしたらこの生放送動画の最中に、男子高校生が殺害される瞬間が中継として入るのではないか。
その恐怖から、赤城の体は小刻みに震えた。
『じゃあ、点呼でもしようかな。とりあえず動画を見ている人は、通し番号をコメントとして送信してみて。あっ、通し番号はスマートフォンの待ち受け画面に書いてある奴ね。文字は英数字か漢字。お好きな方をどうぞ。制限時間は30秒』
赤城は汗を掻きながら、コメントに『48』と打ち込んだ。同様にプレイヤーたちは通し番号を打っていき、スマートフォンの画面上に、幾つもの数字が流れていく。
『ああ、そうですか。分かりました。4番の入山朝日様。二回コメントを残していますよね。成り済ましは困りますよ? 間違いなのか、他人を助けるための行動なのかは、分からないけど。さて、このまま入山朝日様を処刑すると思った皆様。残念ですね。まだ彼は殺しません。どうですか。少しは眠気から覚めましたか?』
相変わらず笑えない冗談を言うと赤城は思った。それからラブは言葉を続ける。
『それと、36番の藤田春馬様と37番の藤田冬馬様も困りますね。同じスマートフォンで動画を見ているじゃないですか。スマートフォンの共有も困りますね。お手数だけど、動画は自分が所有するスマートフォンで閲覧してください。ということで、36番の藤田春馬様と37番の藤田冬馬様、そして、成り済まし行為を行った入山朝日様。以上3名の皆様には、ペナルティを加えさせていただきます。本選のゲームが始まっていないのに、ゲームオーバーにしちゃうと、面白くないからね。それでは、生き残っている43名のプレイヤーの皆様が全員、この生放送を閲覧しているみたいなので、1回戦のルールを説明します』
3名の男子高校生たちは、ラブによって殺されずに済んだ。そのことに赤城は自分のことのように喜ぶ。
『その前に、皆様がいるのはどこなのか。それを説明しましょうか。皆様がいるのは、仮想空間内にある、自分の部屋です。皆様はこの部屋で寝泊まりをしてください。ドアを開ければ普通に外出できるからね。クローゼットの中に、制服があるからそれを着て、学校に行ってください。あっ、それと生放送のコメントは自由に書き込んで構いませんよ。コメントの内容に激怒して殺すなんて子供じみたことはやらないから』
ラブの甲高い笑い声がスマートフォンから流れる。それから数秒後、生放送動画にコメントが流れた。
『早く1回戦のゲームを教えやがれ』
このコメントを読んだ、ラブは覆面の下で頬を緩め、一回咳払いした。
「さっきのコメントは、21番の三好勇吾様ですね。すみませんが、もう一つだけ重要なことをお伝えしなければなりません。それはお小遣いについてです。皆様には毎月1万円のお小遣いが、仮想空間内の母親から支給されます。後でお母さんに聞いてください。そしたら1万円貰えますから。お小遣いは是非デスゲーム攻略にご活用ください。因みにお小遣いは前借りできないから、注意してね。前置きが長くなりましたが、1回戦のゲームを発表します」
赤城は息を飲み、スマートフォンを凝視する。画面上のラブは両手を前に突き出した。そのラブの手にはスケッチブックが握られている。
ラブはスケッチブックを一枚捲る。そこには文字が書き込まれていた。
『やっぱり動画じゃ見えないかな。カメラは……』
ラブは一歩ずつ前方のカメラに歩み寄り、カメラのレンズを、スケッチブックで覆った。
そうして赤城のスマートフォンに大きな文字が映し出される。
『カセイデミルって書いてあるんだけど、ちゃんと映っているかな』
手書きの文字をバッグにラブの声が映る。
『ちゃんと見えるよ』
生放送動画に誰かの正直なコメントが流れる。
『コメントありがとうございます。良かったです。それでは早速、本選1回戦、カセイデミルのルールを説明しますね。ルールはこれまでのゲームと同様、単純明快です。皆様には1週間以内に好感度経験値を4000程溜めていただきます。好感度を上げる方法は、自由です。もちろん話し合いも許可します。予選のように人数制限はないから、何人でもOK。ぜひ他のプレイヤーと協力してゲームを攻略してください。1週間以内に好感度経験値が4000以下となったプレイヤーの皆様はゲームオーバー。因みに甘ったるいオンラインゲームのように、経験値2倍キャンペーンなんて実施していないからね。その代わりゲームシステムに裏技が隠されてるんだけどね。あっ、言い過ぎちゃいました。もちろん経験値は譲渡不可能』
冷酷なルールを聞き、赤城の頬から汗が流れ落ちた。その間ラブは淡々とした口調で、説明を続ける。
『それと、毎晩クラスごとのランキングで、誰がどれくらい経験値を稼いだのかを公表しますよ。1週間後の最終ランキングでベスト3にランクインしたプレイヤーには、ご褒美をあげます。ランクインしなくてもゲームオーバーにはならないから、安心してね。ランキング上位を目指すも良し。生き残るために最低4000経験値を溜めるだけでも良し。方針はプレイヤーの皆様にお任せします♪』
カメラからスケッチブックを離し、画面上に不気味に笑うラブの顔がアップで映り込んだ。
『ペナルティを与えるってお伝えしたプレイヤーの皆様には、死亡フラグケージを50%溜まった状態で本選のゲームをプレイしてもらいます。あっ、この生放送動画は、ドキドキ動画にアップされるから、いつでもルール確認ができますよ。それでは、皆様の生存を、心より祈っています』
突然画面が砂嵐に切り替わり、ラブによる1回戦のルール説明動画は終わりを迎えた。
タイムリミットは1週間。それまでに経験値を4000稼がなければ殺される。
過酷な7日間のデスゲームが幕を開けようとしている。