戦士「いつからわしが死んだと思っていた?」
おお戦士よ、しんでしまうとはなさけない!
暗い……
明るい世界にいた気がする。
今は暗い。
いつからだろうか。
元々は暗い世界にいたのだ。
しかし、明るい世界に来た。
それは幸福であったのか、不幸であったのか、今は分からない。
分かる事は、今、暗い世界に戻って来たという事だ。
自分で意図した事ではない。
何者かの手によって、無理やり暗い世界に連れ戻されたのだ。
暗い世界は辛い、苦しい、悲しい、寂しい……不幸に満ち満ちているのだ。
怖い……
もう沢山だ……
こんな場所に戻りたくなかった。
助けてくれ、誰でもいい、わしを助けてくれ!
「助けてくれ!」
声が出た。
声に驚き、それが自ら発した物だと理解するのに時間がかかった。
暗い、そして狭い空間だ。
わしは、生きているのだろうか。
身体を動かしてみようと試みるが、身体の節々が痛んで上手くいかない。
身体全体が焼ける様に熱くじんわりと汗を流し、それでいて凍えるように寒くがたがたと震えがとまらない。
加えて全身の痛みであるからたまらない。
しかし、わしは戦士、並みの鍛え方はしておらん!
ここはどこだ!
分からん!
分からん事は考えるな!
出来る事だけやれ!
それは何だ!
動け、わしの身体!
「ぅうぉおおおおぉぉぉおお!」
わしは叫んだ、自らの身体に鞭撃って……
助けてくれ、等と叫んだ事を恥ずかしく思う。
わしは何だ、戦士、戦う者、こんな逆境等何度も超えて来た!
動く。
助けなど無用、何とかしてみせる!
痛みは、ある。
しかし動く。
ならば痛み等我慢すれば良い。
動け、後の事はその時どうにかすればいい!
何かを掴むように手を伸ばし、それが空を切る。
と同時に光の線が走った。
瞬く間に光は世界を覆い尽くし、明るい開けた世界となる。
眩しい、輝かしい程に眩しい。
もしかしたらこの後、天使か、もしかしたら神と会えるのではないか、等と自嘲的に思う。
「ちょっと、大声出さないでよね、びっくりするじゃないのよ!」
眩しさに目を細め、声の主を確認しようと努める。
はっきりとは見えないが、シルエットからして杖を手に持ち、三角帽子を被った、全身黒で統一された装備の少女……すなわち魔法使い殿がそこにいた。
「声なんて出すから皆びっくりしてますよ、もう死人は死人らしく……ああもう生きてるんでしたっけ」
ちらりと顔が見えるが、眩しくて見えない、しかしこの女性の声は聞き覚えがある。
僧侶殿である。
小さく、チッと聞こえたが何だろうか。
「おはよう戦士さん、寝起きなのにすごい元気ですね」
男性の声が聞こえる、ごとりという大層な音がした後、顔を見せる。
わしを覗き込み、はっきりと表情が見える距離まで顔を近付ける男。
この人は……
「ああ、勇者殿……」
声にならないかすれた声が、わしの口からこぼれた。
わしは、感動にうち震えた。
いつもの、いつもの皆さんだ。
わしは何と愚かなのだろう、自分ひとりで戦っているつもりでいたのだ。
こんなにも、こんなにもわしを思ってくれている人々がいる。
それなのにわしは……
「わしは、馬鹿だ……」
わしは自らを蔑んだ。
こんなにも愚かで、馬鹿なわしに、どうして彼らはここまでしてくれるのか。
「あー、何も泣くことないんじゃないですかね」
わしが泣くなどそんな事……無いと思ったが、瞳から何かが溢れ出るのを感じた。
わしはそれを、流れるに任せた。
身体が痛くて涙を拭うのを躊躇ったのだ、他に理由はあるかもしれないが、そういう事にしておいて欲しい。
「戦士が馬鹿なのは皆知ってるんだから、今更じゃないの、さっさと戦線復帰してくれないと壁役いなくて困るのよ」
魔法使い殿が痛い所を突いてくる。
この少女はいつもいつもだ、わしの背中を押してくれる。
言葉は厳しいが、あえて嫌われ役を買って出てくれているのだ。
やはり、魔法使いは素晴らしい。
「と言いますか、馬鹿の自覚あったんですね、その事に私びっくりです」
この声は僧侶殿か、本当に耳が痛い話である。
わしがいない事で、一番迷惑を掛けたのはこの人だと思う。
少しくらい嫌味を言う権利はあるだろう、この程度ぬるい。
「すまない、皆さん、迷惑を掛けた……」
言葉だけでは足りない、行動で示さなければならない。
「なに、仲間じゃないですか、これからも頑張りましょう!」
わしはハッとして目を見開いた。
仲間、と言った。
勇者殿は、こんなにも愚かで醜いわしを、仲間だと……
固く目を瞑る。
何かが零れ落ちる。
涙だ、今はそれも良い。
過去の過ち等、涙と一緒に零れ落ちてしまえばいい。
いつかそれが、糧となるのだ!
「勇者殿、わしは行きますぞ!どこまでも、ついて行きます!」
わしは決意を新たにした。
「どこまでも、は困るけど……まあよろしくお願いします、戦士さん」
勇者殿は困ったような、引きつった笑いを浮かべ、視線を逸らす。
この勇者殿は感情表現が下手な人だ、どう言われようとわしの心は決まっている。
手が差し出される。
「かたじけない」
わしはその手をしっかりと掴む、仲間とは良いものだな……
そしてその手が一気に引かれ……
「いだだだだーーー!」
勇者殿は勢いに任せてわしを引き、起こす。
手、腕、肩に掛けて激痛が走る。
「ゆ、勇者殿、痛いですぞ、もっと優しく!」
逆の腕でもって摩ろうとした所、動かすのも痛みが走る事を思い至り、どうしようもない痛みにただただ立ちすくんだ。
傍らで僧侶殿が腹を抱えて笑っている。
「あ、ごめん戦士さん、もしかして全身痛いの?」
勇者殿が申し訳なさそうにしている。
わしはむぐぐと堪えながら頷いた。
「ちょっと、そんなんでちゃんと宿に帰れるんでしょうね」
魔法使い殿がやれやれとため息を吐いている。
「むう……痛みはありますが……」
勇者殿のお陰か、立てている。
足を動かしてみると、痛みはあるが動けそうだ。
「じゃあ、肩を貸しましょう、ゆっくりでいいですからね」
わしはかたじけない、と言うと、それはさっき聞きました、と答える勇者殿。
感謝の言葉が足りない気がする。
わしは何と幸せ者なのだろうか。
「まったく、締まらないわね」
と魔法使い殿、言葉もない……
「いやはや、戦士さんらしくていいですよお……」
ひとしきり笑い終えた僧侶殿が答える。
いや、まだ笑っていた、くっくっくと笑いを堪えている。
こんなに笑う人だっただろうか、しかし笑えるのは良い。
「良いものですな、仲間とは」
わしはしみじみと呟く。
魔法使い殿は、はぁ、とまたため息を吐く。
わしに肩を貸す勇者殿は、聞こえなかったのか遠くを見据えている。
その瞳には何が映っているのだろうか。
僧侶殿は、まだ笑いを堪えているようだ。
仲間とは、良いものだ。
鈍感系、直情型、脳筋戦士、何か普通に主人公だなあ、こいつ。
ちなみに今回、キャラ掘り下げの為に文章の書き方が変わっています。




