名前と放課後
「坂道さん。」
同級生に名前をよばれびっくりした。
いや、苗字でよばれびっくりした。
そういえばまだ五月。
話した事がない人も意外にいるのかもしれない。
普段から雪ちゃん雪ちゃんだから忘れてた。
そういえばユウトくんの事呼び捨てにしていいのかな。
横田くん…?
横田ジャ●ーみたいだ。
「あの…坂道さん?」
一人で笑ってしまった。
「雪でいいよ」
そういえば、時人の事は最初から時人だったような。
「高島時人…」
先祖が標高の高い島に住んでたのだろうか…名前は地形とかから決まるというし。
高い島で生えるもやし…
「くだらない。」
荷物をまとめると学校をでた。
少し周りを見渡す。
時人がいたりしないだろうか、なんて。
いない。
歩き出したところで後ろから肩をつかまれた。
「雪ちゃん…!」
時人だ。
走ってできたのだろうか、息があがってる。
素直に嬉しい。
「どれくらい走ってきたの?」
「そこから」
まだ見える門を指す。
「ちょっとじゃねぇか。」
「いや、そのちょっとを全速力で走ると人は息があがる。」
「時速何キロ」
「え、百キロくらい…?」
「もういいや」
歩き出すと自然と時人は車道側に移動する。
気をつかってくれてるのだろうか、こんな私に。
そんな気遣いが嬉しい。
「何処かよってく?」
「あ、良いね。」
なんだか恋人どうしみたいだ。
付き合ってないけど。
付き合ってたとしても私には腕を組む勇気も手を繋ぐ勇気もわかないだろう。
「何処いきたい?」
「スタバ〜。」
「混んでないといいね。」
他愛もない会話がぽつりぽつりと続く。
そんな時間が好き。
スタバにつき、店内のあいてるカウンター席の椅子に座る。
頼んだモカフラペチーノに口をつける、美味しい。
「時人は何頼んだの?」
「なんだっけ…」
本当に忘れた、という顔をしている。
「カフェラテ…かな?」
曖昧。
「へぇ〜あまり頼まないかな。」
「飲む?」
「え?」
突然で驚く。
人はそれを間接キスと言うはずだ。
「あ、じゃあ一口…」
恥ずかしくなりながらも飲む。
美味しい。
「美味しいね、今度頼もうかな…」
時人に手渡してそれを飲もうとしたところで時人が止まった。
ん…?
顔が真っ赤になっている。
…まさかさっき無意識で渡したのだろうか。
「の、残り…ののののみますか?」
「い、いいよ!私だって恥ずかしいもん!」
お互い恥ずかしくなる。
「の、のむ!僕のむからね!?」
「なんで自己申告!?」
「いや、雪ちゃん嫌じゃないかなって…」
何をいっているんだ…嫌だったらまず飲まないだろう。
「いいよ別に。」
「そ、そうですか。」
余計意識してしまうじゃないか。
少し会話が止んだところでさっきの事を思い出す。
時人を苗字でよんだことがない。
「高島くん。」
「…!?!?ケホッケホッ!ゴホッ!」
見事にむせた。
「ケホッ、もしかして記憶失った?」
「ちげぇよ。」
むせた時人の背中をさする。
少し落ち着いてから話を続けた。
スタバで咳き込む人なんてなかなかいなさそう。
「いや、よんだことないなって思ってどんな反応するかなーって。」
「…予想通りだった?」
「期待以上の反応だった。」
無意識に口元がにやけた。
「女の子怖い…」
「雪ちゃんは坂道さん、だよね。」
「そう、坂道さん。」
変な気分だ。
「坂道さん…」
苗字で呼ばれるだけで離れているように感じる。
「ゆ、雪だよ。」
忘れられる気がする。
不安だ。
「わかってるよ、雪ちゃん。」
時人はそう言って優しく微笑む。
時人の笑顔は、安心する。
「時人くん。」
「……」
時人は無言で手で口をおさえて向こうの方をむいた。
ん?
「時人くん。」
「時…「も、もういいって!」
「どうしたの。」
「呼ばれ慣れてないから、なんか恥ずかしい…」
そんな事言われたら呼びたくなってしまう。
「時人くん。」
「もういいって言ってるでしょ!」
「あ、飲み終わっちゃった。」
「もうそろそろ帰ろっか。」
時計をみるといつの間にか時間はたくさん過ぎたあとだった。
外にでた。
少し、肌寒い。
まだ夏にはなりきっていないからだろうか。
「少し寒いね。」
「うん。」
時人が手を差し伸べる。
「寒いから。」
「うん。」
その手をしっかりと握った。
指と指の間に指が絡められる。
…恋人つなぎ。
「時人」
「スタバまた来よっか、今度は休みの日にでも。」
「…うん。」
また、今度、という言葉がとても嬉しかった。