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 他の孤児を探しに路地裏を歩いた。迷ったとも言う。

 いくら隣人を尊ぶクローマ教の総本山である都とはいえ、孤児が全くいない訳ではないらしい。

 一人で歩いていると年頃も様々な少年達が行く手に塞がった。思わず右腰に吊った剣の感触を確かめる。

 スッと息を吸い声を張った。


「教えてほしいことがある!」

「……用があるならカネを出せ」

 中央のリーダーらしき少年が進み出てくる。

「逃げないなら出す。まず話を聞いてくれ」

「いくらだ?」

「アナ金貨五枚だ」

 この国で造られた通貨だ。十枚でドリー金貨一枚になる。ドリー金貨を渡したいところだが、余裕がない。

 懐から出して見せる。

 見聞きして他に歩み出ようとしてくる少年がいるのを、リーダーが片手で制す。

「とりあえずわかった。聞こう」


 話せば、

「知ってる奴がいるかも知れない。また明日来れるか」

「……来る。とりあえずこれは渡しておく」

 リーダーの少年に二枚投げ渡した。



「いつもパンくれたから覚えてる」

 あの銀貨を握りしめて走り去った少年は話した。


「どれくらい前か……三週間くらい前か分からないけど、その日はギルドの前にいたんだ。たまにカネをくれる兄ちゃんがいるからさ。そこでギルドのか分からないけど、馬車に乗り込んで大聖堂の方へ向かったのを見たのが最後だよ」

「本当か?」

「嘘はつかない」


 リーダーの少年が宣言した。

 浮かび上がって来た噂がある。

 まさか……。

 しかし、ここまでだ。後は調べようもない。

 本当にそうだろうか? 修道街をまわってみるとか……。

 ありがとうと礼を述べて、リーダーの少年に残りの金貨三枚を、目の前の少年に銀貨二枚を渡す。ちょうどパンを買える金額だ。

 よし、次は修道街に行くとしよう。

 


 路地裏を迷わず進み、大声を上げる。

「ケイシー! いるんでしょう〜!」


 ひょろりと背の高い男――マッドは孤児達の根城を訪れていた。実は巡回中なのだ、あまり時間を空けたくない。そして水盆を使わないのは直に会い、金銭を渡す必要があるからだ。


「なんだ」


 それ程間を置かずに上から人が降ってきた。手下の少年達と共に。

「頼みたいことがあるんですよ」


 にへらと笑い、依頼内容を述べる。孤児院への収容を拒んだ孤児達が生きていけるのは、必要な情報を得るために彼らの耳目が不可欠だからだ。


「そいつなら、少し前にここに来た」

「本当ですか!?」

「人を捜してた。ペトルスっていう名前の男だ」

「で、何を教えたんですか」

 リーダーの少年――ケイシーはいささか鬱陶しそうに言った。

「三週間前、乗った馬車が大聖堂の方へ向かった。それだけだ」

「じゃあ……」

 マッドは顎に手をあて考え込む。次は修道街に行くかも知れない。面白いな、面白い――唇が弧を描いた。


「頼みましたからね。これは前金〜」

 アナ金貨を三枚、ケイシーにしっかりと手渡す。


「これだけか」

「僕の給金からやっとのことで出せるお金なんですからね」

「分かってる。言ってみただけだ」

 いつもの問答を繰り返し、マッドは念を押す。

「僕が依頼したことは――」

「話さない。分かってる」



 修道街は大聖堂への道すがら、何度も通りかかっているが用があるのは初めてだ。

 ここは使用人や私兵に訊いてまわるべきだろう。それも大聖堂に程近い場所の。

 装飾も何もない、だが規模だけはある邸宅の前に立つのは二人の私兵。騎士とは装備が異なっている。

 もちろんおれはフードを外している。剣を帯びてはいたが。

 左右に立つ、いつかの騎士を彷彿とさせるいかめしい顔立ちの兵士達は、おれの姿をジッと見たが何も言わなかった。


「すみません。お訊きしたいことがあるんですが」

「なんだ」

 右に立つ兵士が応える。おれはギルドの馬車のことを訊いた。

「知らんな」

「覚えていないな」

 左の兵士が答えた。


 同じことを他の邸宅でも繰り返した。すると――

 ある邸宅で二人の兵士が、教皇庁の入口の方へひた走る馬車を見たと証言した。

 こうなると、ギルドの馬車と断定した噂が本当か懐疑的になりもしたが――わざわざギルドの紋章をつけて使わないだろうし――何か門を通過する際に通行証みたいなものを使ったか見知った顔なのか、どちらかだろう。

 さて、問題はなぜ人目につかない夜ではなく昼間を選んでいるかだ。

 教皇庁の門が閉まるのが早いのだろうか?

 これは騎士に訊くべきだが、下手に訊けば怪しまれる可能性がある。

 誰に尋ねるか……考えた時、気の良さそうな騎士とマッドという名の騎士が浮かび上がった。



 大聖堂の部外者立ち入り禁止区域の奥。そこにわたし達の部屋はあり、更にその奥に聖女のみが入ることを許された湖がある。

 深い森に囲まれた、他の誰も足を踏み入れることのない地。

 這月から走月の半ばまでの間、寒くないうちは沐浴場となり、数少ない憩いの場となる。

 大体十日に一度懺悔の間で務めを果たし、併設された孤児院内で子供達と遊んだり、それ以外の毎日教典を書き写したり、刺繍をしたり、選り抜かれた本を読んだりと思い思いに過ごしているけれど、いずれも室内なのだ。

 陽が照らす中を自由に散歩したい……それが叶わないわたし達――すべてのお姉様が不満に感じている訳ではないと思う――は、お月さまと仲良しだ。今日のような満月の日は特に。

 街の人々のような労働から遠ざかり、いい身分だと思う。

 エレインは思う時がある。外の世界を正しく知らないわたし達が、本当に苦しみから救うことが出来るのだろうか――と。

 懺悔に対し、何を言っても感謝が返ってくる。それでいいのだろうか。もし疑念を聖女という神格化が奪っているとすれば、それは懺悔する者との間に深い溝が生じていることになる。それではいけないのだ。もっと、親身になりたい――聖女という枠を越えて、その手を握りたい。

 できることならば市井で話を聴きたい。でもそれは、許されないことだ。それに、街で暮らすとなれば日々お金が必要になってくる。この身に何が出来るだろうか?

 考えてみたところで、聖下がお許しにならなければ……ベアトリスのように勇気があれば。たぶん、外に出たいと言って死んでしまったのだ。

 しかし……たぶん、なのだ。本当のところは分からない。ならば、ぶつかってみる価値はあるのではないだろうか?

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