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ペトルスはいつ仕事が終わるのか言い置いていかなかった。何処へ行くかは依頼主の個人情報に関わるので言わないのは当然だが。
短期の依頼だろうから、大人だからと高をくくっていたのがいけなかったか。いつ――そうだ、パン屋のグラムさんはどうだろう。帰る時期を聞いていないだろうか。
ちなみに、ギルドにはもう行った。ペトルス・アルベールが指名された依頼の詳細を問い合わせた。だが、詳細については答えられない、依頼についてはまだ終了していない、ペトルスの行方は不明だということが分かっただけだった。
指名依頼や一般の対人依頼の終了は、依頼人がギルドに連絡する場合と、受けた当人が終了した旨をギルドに告げ、ギルドが依頼人に問い合わせて終わったと認可される、という二通りある。
つまり、どちらなのかも分からないのだ。
そして近所の住人にも訊いたが、何も分からなかった。
グラムさんの店が見えてきた。おれは店に駆け込んだ。
「おう、坊主。本日二度目だな。どうした」
「ペトルスのことなんですけど……何か、聞いていませんか? いつ帰るとか、どこへ行くとか、なんでも」
肥えた体を揺すって腕を組み、グラムさんは唸り絞り出すように言った。
「……一週間ほどでまた買いに来るから、とは言ってたな。なんだ、あいつそんなことも言わずに出てったのか」
「それで――それで? 何か、他には」
息せき切って言う。
「何も。後はあんたのことばっかだったからな」「そう、ですか」
ローブ越しでも目に見えて落胆したのが分かったのか、グラムさんは確かめるように言った。
「じゃあ、帰ってないんだな」
「はい……この三週間」
「どこかの娼館に入り浸りってことはないか」
それには首を振った。
「それはおれも思いました。けれど三週間もの間連絡を寄越さないのは、あいつに限ってないかと」
何年間も、ひと月――この国では三週間に一回は両親が気になり街から引っ越すことなく様子を伺いに行くような男だ。おれでなくとも誰かに言付けるか手紙を寄越すだろう。
待てよ……親孝行にしたって忙しい仕事の合間をぬってひと月に一回は多くないか? 成人した男なら尚更だ。否、老親を思ってのことだ。不自然ではないか。
店の前を通り過ぎることがあると老夫妻は知っていた。では若夫妻はどうだろう? 両者の仲を取り持とうとすることは考えられないだろうか?
おれは下町を抜け大通りにある布屋へ走り出した。
◇
「いらっしゃいませ」
玄関をくぐりまず声をかけてきたのは若夫婦のお嫁さんだった。よかった。フードを外し顔を見せると、あら、この前のと狐に似た小綺麗な顔立ちの中で笑顔が輝いた。
頭を下げ、すっと息を整えてから言う。
「旦那さんはいらっしゃいますか」
「ええ。いるけれど……」
用件は、と目が問う。
「ペトルスさんのことです。ご両親には内密に」
布達の向こう、白木の作業台に椅子を寄せて座る若主人もいた。お嫁さんが手招きすると、一度後ろを見てから、こちらへ屈むようにしてやって来る。
「なんだい?」
今日は営業用なのか、微笑みを浮かべている。角張った顔は老夫妻に似ているとは言えなかったが、柔和に見える表情は似ていると思った。
「ペトルスさんのことで。……一緒に暮らしているのは知っていると思うんですけど、この三週間、依頼に出て行ったまま帰って来てないんです。それで、何か聞いてないかと思ってここへ来ました」
お嫁さんは困惑した表情になり、旦那さんを見上げる。旦那さんは腕を組み、グラムさんのように唸りながら言った。
「三週前からだいぶ間が空いているのに来ないな、とは思ってたんだ」
「じゃあ、会いに来てたんですね」
頷き、続ける。
「うちの中の様子を見にな。特に父さんと母さんが気になって、だな。こいつが店に立つ日は決まってるから、その日は店先に立ってこいつから様子を書いたメモを受けとる。そうでない日は遠くから店を見てるって言ってたな」
そこで思い出したように手を叩いて言った。
「依頼……は三週前だろう? 確かその前日にふらっと来たんだ。俺が店先に出てな。父さん母さんの様子を聞くでもなく、ただ俺と話しに来たみたいだった。そんなことは前からあったんだが……」
眉間に皺を寄せると再び腕を組み唸った。
「なんでも。お願いします」
「大聖堂に行くって言ってた。当日は行けないからって」
その時、脳裏にひらめくものがあった。
『でもなあ、俺、見れないんだよなあ。だからさ、昨日も行ってきた! 今日も行くぞ! 大聖堂に!』
ペトルスは大聖堂の常連だったが、そう毎日懺悔することがあったとは思えない。ならばちょっとした要注意人物になっていたのではなかろうか。加えてあの容姿だ。聖女にも印象が残りやすいだろう。
礼を言って急ぎ足になろうとするのを、おれの肩をつかんで旦那さんが止めた。
「……何かがあったなら……俺にも教えてほしい」
「必ず、そうします」