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「えっ、アメリアも行くんですか」


 旅立ちの朝、姿を見せた少女に言葉が飛び出した。

 クラレンスさんは馬の前でニヤリと笑う。


「そうだよ。悪かったかな?」

「あ……いや、全然」

「こちらへ来てください、アメリアさん」


 青と緑がしばし見つめ合い、お互いにそらす。

 最初は何かをかぎとってか馬に恐れられ、慣れさせ乗れるようにはなったものの、まだ不得手な人間と二人乗りするまでの技術はない。

 少女は騎士クラレンスの馬に相乗りすることになった。

 スカートを脱ぎズボンを着た少女。しかし、気になるのは密着度だ……と考えて、師匠であるクラレンスでよかったとも思うのであった。


「今日は東、まずはケルヒ村へ向かおう」


 オルコットの息子であるアルバートの指が先を示した。

 昼過ぎに村に到着し、アルバート様、クラレンス様と駆け寄ってくる村民達に笑みを浮かべ一行は馬を降りる。

 遠くから若い娘が視線を寄越している。もっぱらクラレンス目当てのようだが、あの一緒に乗っていた娘は誰だと怪訝な顔をする者もいた。

 子息アルバートが村長の元へ出向き、幾人かの騎士も連なる。

 クラレンスは若い娘から聴取しているようだ。

 アメリアが老婆と一言二言話し、こちらへ来た。


「穏やかな村ですね」


 村人の身なりも清潔で、ほころびは繕ってあるのが見えた。

 そして何より、表情が明るい。

 二人で並び歩いていく。


「苦しくはない、かな」

「つつましい暮らし、といったところでしょうか」


 ふと、少女が立ち止まった。


「め」

「め?」

「怖い顔をしていますよ」

「……」


 巡邏は順調に進んだ。

 子息と村長が会談する場にも警護役として居合わせたり、村の隅々まで様子を伺ったり、暮らし向きはどうか訊いてみたりしたが、豊かではないが貧しくもないようだった。

 またオルコットは子息合わせて領民に慕われているようだ。

 知る度に金属を飲み下したような思いが溜まっていく。


「今日はここまでにしませんか。アルバート様」

「そうだな。そろそろ日も暮れるだろう」


 水の匂いがしていた。

 野営の準備にかかる。クラレンスの指示で薪を集めたり、近くの小川に水を汲みに行ったり、各々動く。

 驚くことに子息も作業をこなしていた。

 そして、それを誰も止めたりはしないようだ。

 薪を集め終え、火をおこす。

 せせらぎの周辺にあった野草類と捕ってきた鶏肉を鍋に入れ、塩で味を整える。

 今日は昼食がなかった。誘いはあるのだが、それはいつもお断りする運びのようだ。

 なので気分は落ち込んでいたが大変腹がへっていた。

 皆で火を囲む。

 自然とアメリアが隣りに座った。

 腹を満たしてから、疑問を口にした。


「なんで一緒に行くことになったんだ?」


 それに答えたのは少女ではなく子息だった。


「父上が言ったんだよ。一緒に連れていけってね」

「何故ですか?」


 アルバートは困った顔をした。


「それは父上に訊かないと分からないな。それにしても……従騎士から聞いたよ。アメリアさん。うまくいったんだね。シア君。どこまで行ったの?」

「は……」


 アルバートはニコニコと笑っている。

 アメリアと視線を交わした後、赤くなった頬をごまかす為に咳払いした。


「まだ、何も」

「えー」

「そう言うアルバート様は女性と何かないんですか」

「ないね。下手に手を出すわけにもいかないしね……アメリアさんならいいかなと思ったんだけどな」

「へ」

「アメリアはおれのです」


 アルバートを睨むと驚いた顔をした。

 固まっていた少女が顔を真っ赤にしておれの手をつねった。

 いつの間にか騎士方と他の従騎士は哨戒しながら席を外していた。

 それにしても……と青年は呟くように言った。


「君達は知ってる? 私の噂を」

「……眼を合わせると死ぬっていう噂ですか」


 回復したアメリアが言う。


「おれは知りませんでした」


 そう言いながら眼を見ると、アメリアを見ていた青年とすぐに瞳と瞳が合わさった。


「怖くないのかい? 死ぬんだよ?」

「アルバート様の人柄を知れば怖くありません。アメリア」

「ええ。はい」

「どんな人間だと思ってるの?」

「少なくとも悪戯に力を使うような人間ではないでしょう?」


 そう言うと、アルバートは濃茶色に火を映しながら笑った。


「いい人間だな。君達は。ひとつだけ忠告しておくよ。私が怒っているときには見ないこと。いいね?」


 気をきかせてかアメリアと二人で天幕が用意されていたのには閉口した。

 夜も更けていたのでそのまま寝た。

 見張りの為に途中で起きたが、腕を……豊かな胸に抱かれていたのには驚いて声も出なかった。

 感触のことはあまり考えないようにして、火の番と哨戒の任にあたった。

 静かな夜だった。

 火の燃える音以外何の音もしない。

 しばらくそうしていただろうか。

 二人用の天幕とは少し離れたところにある天幕からクラレンスが起きてきた。

 ちなみにアルバートは一人用で、一番火に近い。


「ご苦労様。寝ていいよ」

「はい」


 頭を下げすぐに去ろうとして、クラレンスが背中に語りかけた。


「今日はどうだった? どう思った」

「……人には色んな面があるのだと思いました」

「そうだね。……残酷な面もあれば、慈悲としか言えない面もある」

 

 驚いて振り返り、納得してため息を吐いた。


「参加していたんですか」

「新米騎士として、腕を見込まれて前線にね。憎んでくれてもいいよ。この手で罪なき人々を斬ったのは事実なのだから」

「……憎めませんよ。命令だったんでしょう?」


 焚き火を前に腰をおろしたクラレンスは、薪をくべて――眩しいものでも見るかのようにこちらを仰ぎ見た。


「そうだね。命令だよ。逆らえなかったけれど、……確かに罪はあるんだ。君が猊下を憎むのは仕方のないことだ。今日査察して、複雑な気持ちになるのは仕方のないことだ。……できれば、君には光の道を歩いてほしいと思う」

「……そう、ですか」


 それだけしか返せずに、天幕へ引っ込むと少女は身体を起こして膝を抱えていた。

 そして、静かな面持ちでこちらを仰ぎ見た。


「ごめんなさい。聞いてしまいました。憎んで……だから今日、あんな顔をしていたんですね」


 ごろりと横になり、襲撃と六年間進んできた道を手短に話した。


「……正直、殺してやりたいと思う。だがそうすれば……」


 ひとつ、息を吐いた。苦しい。


「大なり小なり混乱が起きるだろう。……おれは、どうすればいいんだ」


 勝手に熱くなる眼の奥から雫をあふれさせまいと眼を見開く。


「……それが明日に進む糧になるなら、憎んでいいんじゃないんでしょうか」


 少女もまた、苦しげに息を吐いた。


「思いを吐き出してください。わたしが受け止めますから」


 ついに涙が溢れ出て、手の甲で乱暴に拭うのをたおやかな手が止めた。

 やわらかな指が目元を拭っていく。

 衝動にかられ手首をつかみ引き寄せた。

 体勢を崩し、それから緩慢な動作で少女が隣りに横たわる。

 時折拭う指が少女からのびる。

 きつく、腕の中に閉じこめた。


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