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「そうなんですか」
相づちを打ちながら、彼女の言葉の意味に頭をめぐらせる。
クレアさんの身の上話を聞いていた。
クレアさんは農家の次女として生まれ、齢十一でこの先どうするか考えたらしい。
長女である姉は幼馴染みである農家にとっくに嫁ぎ、長男である兄は跡取り。次男であるひとつ年上の兄と、額を突き合わせて考えた。
暮らし向きは貧乏ではないが、あまり長居すべきではないだろう、ならどうする?
何となく、母や姉と同じ人生を歩みたくなかった。
村という閉鎖的な空間で、一生を終えるのが自分にとって惜しかった。
若く、贔屓目に見ても整った自分の顔。
可愛いねえ、とは言われ慣れていた。
村から出たい。
なら、領主様の元に稼ぎに出ないか。
俺は騎士になりたい。
騎士になって、強くなって、害獣や人からみんなを守りたい。
そう言う兄と共に村を出、ちょうど良くメイドの求人が出ていたので飛び付いたのだが、家を出る前に両親に――母に、突き付けた言葉がいけなかった。
「お母さんやお姉ちゃんみたいに村で腐りたくない」
その言葉をずっと悔いているのだとクレアさんは言った。
母や姉は幸福を手にしたのだ。断じて腐ってなどいない。
だが一度口にしたものは、かえらない。
家族を思う度に最後に見た、血の気の引いた母の顔が目に浮かぶのだという。
「お手紙は送ってみましたか」
「私、読み書きなんてできないもの。お母さんもきっとそうよ」
「じゃあ、わたしが教えます。すぐには帰れないのですから、読める可能性にかけてみましょう。村の、他の方が読める可能性だってあるのですから」
クレアさんの顔がくしゃりと歪んだ。
「ありがとう……ありがとう」
◇
シア君に告白して想いが届いてから数日が経っていた。
わたしはふわふわと浮かび上がる心と変わらない鎖という立場に浮き沈みを繰り返しながら、日々を過ごしていた。
その中で使命感がよみがえってきたのだ。
市井の人々の話を聞きたい――。
それは難しいことだけれど、回りにいる人ならどうだろう、とまずは仲良くなろうとした。
その行動に目をとめたのがクレアさんだった。
彼女とは少しの山を乗り越えてすでに打ち解けている。
最初の人としては最適だろう。
早く仕事が終わればわたしの部屋に来てもらい――最初クレアさんの部屋に行くというとあなたの部屋に行っていい? と言われた――字を教えた。
クレアさんは真綿が水を吸いこむように覚えていき、そうして三週間後には簡単な文章がつづれるようになっていた。
そうして手紙を書き、地方を巡邏する騎士方に託し、祈るような日々が過ぎていった。
クレアさんを励まし、その中で関わった方と新たに友達になった。
ミーヤさん。赤毛を長く伸ばし、つり目の彼女は商家の出身で、十四歳でここに来、今十八歳だ。クレアさんとは隣りの部屋だが、年齢が近いこともあり交流があるのだという。優しいが物事の損得が先に立つ方だ。態度というか話し方がニコラさんとかぶる。
「ねえねえ。クレアに聞いたんだけどさ、本当なの? 騎士見習いの子とデキてるって」
「できる……? あ、お付き合いしてるってことですか? ……はい」
「キャー! 本当!? キスは? もうキスはしたの?」
「えっ…し、してません…」
彼女はわたしが聞くというより話す方が多い。そして何より、元気だ。
「ミーヤさんは……したことあるんですか?」
ミーヤさんはウインクして言い放った。
「あるわよー。子供の頃、幼馴染みとね」
「へえー。どこで? どんな方なんですか?」
「ふふふー。アメリアちゃん眼が輝いてるわよー。洒落っ気なんてないけど、うちの裏だったわ。どんな奴かっていうと、元気があり余ってる何て言うかさ、熱い奴だったなー」
「だった?」
ミーヤさんは垂らした赤い髪をいじりながら言った。
「死んじゃったのよ。次の年に。流行病でね。うちと隣りの村で流行ったんだけど、あっけなかったなー」
「……すみません。言葉尻とらえたりして」
「いいのいいの。いつか出る話だったし、意味ありげに話したのは私だし」
そう言うと、はははと笑ってわたしの肩を叩いた。
「アメリアちゃんもさ、いつ死ぬか分からないんだから出来ることはやっといた方がいいよ〜。これが奴の死から学んだことかな。というわけでキス! やってきなさいな!」
「は、はい……」
◇
「巡邏ですか?」
クラレンスさんには部下がいるというのに、自ら伝えにきたからなんだと思えば。
「そう。定期的に……うちの領では結構頻繁に出す村々の監察だね。それに、毎回見習いの中から数人連れて行くんだけど、どうかな。アルバート様も一緒だよ」
村々を見回る……そうすると、現在の状態を知ることができる。経済状況が明らかになるわけだ。
オルコットが良い領主か、それとも悪い領主か。どちらともいえないか。それを見極めろ――老人の笑みが脳裏に浮かんだ。
「行きます」
クラレンスはニヤリと笑った。