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 次の日。クレアさんに口止めしておいたおかげか、お屋敷では何事もなく仕事が進んだ。

 午後のお茶の時間。フィネットさんが奥様の話し相手になっており、奥様のすすめでわたしも座りこの場にいた。

 手元のカップの紅茶に、シア君を思い出す。部屋が変わり、ほんの四日顔を見ていないだけでこんなにも気になるだなんて。話したいことがたくさんある。

 片思い。オベリアさんはそう言っていた。そうならば。ツキリとした痛みと共にベアトリスを思い起こし、その言葉を胸に浮かべる。

 恋。沈んだ心が、ふわふわと宙に浮かぶ感触がした。

 ここへ来るまでの約十日間。最初の数日を除いて、一緒に過ごした時間が鮮明によみがえる。鳥のさえずり、木々のさざめき、軽やかな風のにおい。沈黙すら心地よかった。


「アメリア、アメリア」


 フィネットさんの声に誰だろうと思って、ハッと気がつく。


「申し訳ありません。お話を聞いていませんでした」


 見ればフィネットさんは立ち上がり、礼をとっていた。

 誰に? その先を見れば、旅装の青年が立っていた。

 慌てて一礼する。


「申し訳ありません!」


 苦笑の気配がして、青年は言った。


「もういいよ。新しく来たんだね」


 フィネットさんがやめるのに従い、身体を起こす。

 奥様が眼で促す通りに紹介した。


「リカーナ地方から来ました。アメリア・オールディスと申します」

「アメリアさんか。僕はアルバート。よろしくね。二人共座っていいよ。母上に顔見せに来ただけだから」

 

 そうして濃茶色の髪と眼をした中背の青年は一礼する。


「視察は異常なく終わりました。母上」

「猊下には申し上げましたか?」

「はい」

「では、明日一緒にお茶にしましょう」

「はい。わかりました。楽しみにしておきます。アメリアさん」

「はい!?」


 突然呼ばれて驚き肩を揺らすと、青年は吹き出して笑った。



 そして翌日。またお茶に呼ばれることになった。

 今日一緒にいるのはオベリアさんだ。

 進み出て、朝オベリアさんとやった通りに紅茶をいれる。


「まだまだね」


 奥様が感想を述べる。


「精進します」

「美味しいと思うけどなー」

 アルバート様がまた一口、飲みながら言う。


「舌を鈍らせるんじゃありません」

「携帯食料を改良すべきだと思うんですよ」

「ここで言うことではありません」


 携帯食料はわたしも口にした。乾燥させた肉や魚や野菜を粉状にし小麦粉で練り合わせたもので、きつい塩味がついていた。……美味しくなかった。

 美味しい? と訊いたら、シア君もまずいと言いながら食べていたのを思い出す。


「おーい……アメリアさん?」


 その夜騎士さんが捕ってきた兎は、可哀相だけど美味しかった。二人、並んで食べたなあ。


「申し訳ありません、アルバート様。彼女は不治の病にかかっておりまして」

「ははあ。わかったぞ」

「お考えの通り、恋の病にございます。そろそろ……アメリア、アメリア」


 肩を揺らされまたハッとする。


「申し訳ありません! お話を聞いておりませんでした……」

「聞いてなくても問題ないよ。君の話だったからね」

「ええっ」


 アルバート様は明るく笑った。


「恋の病かあ。難しいなあ。母上。そんなに顔をしかめてどうなさったんです?」

「……話さなければなりませんね」


 奥様は憐憫を眼に宿らせて告げた。


「アメリア。あの少年を想うのはよしなさい。……いえ、想うなら気を強く持ちなさい。何故なら」


 奥様はカップをソーサーに置き、続ける。


「あの少年は、猊下の新しい愛人として連れてこられた者だからです」


 その言葉は、衝撃的すぎてすぐには受け入れられなかった。


「シア君が、愛人……?」

「貴女は、貴女とネイはあの少年を逃がさない為の鎖。強くありなさい。心を支えてあげなさい」

「……わたしが……」


 奥様が身を乗り出し、強くわたしの手を握った。


「……はい。強く、なります。奥様」


 手の感触が心強かった。

 決心に奥様の眼を見つめると、奥様の目元がゆるんだ。


「そう。それでいいのよ」


 それからは、アルバート様が中心となって、話を進めた。



 わたしには、やりたかったことがある。

 それは、色んな方々の話を聞くこと。

 オベリアさんとニコラさんにフィネットさんにどうしたら人は悩みを話してくれるか仕事を手にしつつ尋ねてみた。

 まとめると、まず信用が第一で、心を開く必要があると返ってきた。

 自然な態度で時間を共にし、話を重ねて誠実な人間だと分かってもらう。

 その上で、聴く姿勢を示す。

 時間はかかるけれど、嘘偽りがない限り確実な方法だ。

 あとは――ニコラさんが言ったのは、老婆になることだ。


「お婆さんって何でも知ってるし、独特の安定感があるじゃない?」


 これは……無理そうなのでやめておいた。

 聖女よりは身近で壁はないけれど、わたしには経験にもとづく知識がない。

 地道に行こう。

 そこまで考えたところで、着いたのはシア君の部屋の前。

 途中行きあった方にも部屋は移動していないと確認している。

 まずは身近な人から話を聴いていこう。シア君やネイさんならいけないことは教えてくれるだろう。

 今は仕事終わり、夕食後から少し間をおいている。

 ドアをノックする。

 今日は都合が悪いようなら、合う日を教えてもらえばいい。

 口が重たいようなら、時期をあらためよう。

 疲れてもう眠ってしまっただろうか。

 返事がなかったので、ドアの隙間に手紙を差し入れて戻ることにした。


「あれ、アメリアさん」


 燭台を手にし行く手にたたずむ青年。


「アルバート様」

「どうかしたの?」


 青年の眼が立ち去ろうとしていたドアを捉えた。


「シア君に用があったの?」

「はい。アルバート様はこの近くに居室があるのですか?」

「そうだよ。入る?」

「え? いいのですか?」


 アルバート様は何故か沈黙した後、


「そこは断ってくれなきゃ困るよ……」


 心底くたびれた様子で肩を落とした。


「女性が夜に男の部屋へうろついたらいけないんだよ。下手したら噂になる。夜這い……とかね」

「ヨバイですか」

「……もしかして知らない?」

「はい」


 しばし見つめ合う。

 再び降りる沈黙に、そういえば眼を合わせたら死ぬという噂があるんだったなぁと思い返す。

 思い出したように、意味は……と口を開け閉めしてから青年は咳払いした。


「意味はオベリアさんやニコラさんにでも訊いてごらん。じゃあね」


 何故だか頬を赤くして、アルバート様は去っていった。



 部屋へ戻ると湯浴みからオベリアさんが帰ってきていた。わたしは昨日済ませているので今日は順番でない。


「オベリアさん、訊きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「なあに?」


 オベリアさんが振り向く。

「ヨバイってなんですか」

「……へ」


 眼をしばたたかせて、しかし意味を教えてくださった。

 アルバート様が顔を赤く染めた理由がわかった。

 不意にオベリアさんが言った。


「しっかしアメリアちゃんってすれてないわよねー。教会にいたから?」

「すれる……ですか?」

「世間ずれ……世間慣れしてないってこと」


 不覚にもドキリとした。


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