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 今日は奥様に従い街に出る日だという。猊下と共に政務をこなすことも多く、滅多にないことだけにオベリアさんもニコラさんも張り切っていた。フィネットさんは貴女達に任せるわと言い、お留守番だ。


「ドレスを見ましょう」


 そう言ってまっすぐに衣料品店へ向かう。オルコット家御用達のお店があるのだとオベリアさんが囁いた。

 そこは大通りに面した、一言で言うなら落ち着いた店構えだった。

 ベルナス衣料品店。

 万が一の為に騎士が二人着いてきていたが、店内には入らなかった。

 紺色のドレスを着た細身でわたしよりは背の高い女性が笑顔で挨拶した。猫のような茶色の瞳が明るく輝いている。

 市井の人々から奥様の着るような生地のドレスまで、手広く扱っているようだ。


「この娘のドレスを頂戴」


 奥様に肩を触れられたのはオベリアさんだった。


「いいえ、奥様。私は……」

「長年勤めてくれた貴女に、結婚祝いくらいはさせてほしいわ」


 奥様は切れ長の目元をゆるませた。

 オベリアさんは感きわまって、凍った青色の瞳に涙をにじませた。

 それからはお店の女性が身体のあちこちを測っていく。


「お色は何にいたしましょう?」


 素早く布の色見本を差し出した。


「そうね……オベリアの瞳と同じ色……オベリア、貴女持っていて?」

「いいえ。サイズの合わないものがあるだけです」

「じゃあこれにしましょう」

「かしこまりました」


 ドレスはオベリアさんが辞める前日に届けられることになった。

 衣料品店を出るまで、涙ぐみながら何度も感謝の言葉を述べていた。

 ニコラさんはそんなオベリアさんを終始羨ましそうに見ていた。

 二日後、休み明けのオベリアさんと休憩中に訊いてみた。


「お相手はどんな方なんですか」


 はにかみながら、


「やさしい人よ。それでね、頭がいいの。何よりものすごく照れ屋なの。ここにも出入りしてる商人の息子だから、会うと思うわ」


 と言った。


「貴女にもそういうひと、いる?」


 いない……と答えようとして、何故だかシア君の笑顔が頭をよぎった。

 黄色みを帯びた褐色の肌、柔らかそうな茶色の髪、少しつり上がり気味の大きな緑色の瞳、ゆるやかに弧を描く薄い唇。

 黙り込んで顔をほてらせたわたしに、オベリアさんがニヤニヤと笑いながら言う。


「片思いってとこ? 誰なの? あ、もしかしてシアって子?」


 オベリアさんには訊かれたので設定を話していた。

 何も言えなくなって何度も口を開け閉めさせるわたしに、笑みを深め――不意に笑いをおさめた。


「その子って、騎士見習いだけど客室にいる子でしょう」

「は、はい……そうです」


 わたしの部屋はオベリアさんと同じ部屋に移してある。


「頑張ってね」


 元気づけるように言われたので、内心疑問に思いながらもうなずいた。



 翌日。今日は初めてのお休みだ。部屋を出て使用人出入り口から出ようとして、同じように外へ出る女の子と出会った。

 長い薄茶色の髪と眼。膝までを隠す桃色のワンピースに身を包んだ女の子。年はわたしと同じくらいに見える。

 ちなみにわたしは私服がないのを見兼ねたオベリアさんが急いで丈を詰めた水色のワンピースを着ている。もう着なくなっちゃったものだからあげる、と言われて感謝した。


「こんにちは」


 笑顔で挨拶されて、わたしも返した。


「私、クレア・バージェスっていいます。よろしくね。何か予定はありますか?」

「いいえ。初めてお休みをいただいて、せっかくだから街を見て回ろうと思って」


 クレアさんは手を叩いて笑った。


「じゃあ、案内がてら私と一緒に行きませんか?」

「……えっ、いいんですか?」

「いいのいいの。さっ、行きましょう」


 クレアさんは同い年だった。そしてよく笑う。

 どこがおすすめのお店だとか話しながら一緒に歩く。

 そして、閉まっている薬屋さんの前を通りかかった時だった。


「誰か! お医者様の心得のある方はいませんか! 薬を持っている方はいませんか!」


 その声の主は、赤ちゃんを抱いた二十代前半くらいの女性だった。髪を振り乱し、大通りを歩く人々に向かって叫んでいる。

 わたしは立ち止まった。クレアさんも立ち止まっている。

 恐る恐る近付き、声をかけた。


「どうかなさったんですか」


 女性は振り向くと赤ん坊を差し出すようにして言った。


「昨日の夜から熱が下がらないんです。とても熱くて……お医者様は隣街へ行かれたというし……薬屋さんもお休みで」


 赤ん坊はだいぶ衰弱しているように見えた。


「クレアさん。お屋敷の薬って持ち出していいですか」

「基本、いけないわ」


 ――救いたい。

 触れた小さな額はとても熱かった。

 不意に身体の内側で熱がほとばしった。それはぐるぐると渦巻き、手のひらから赤ん坊へと吸い込まれていった。


「……え」


 それは教皇聖下に命を食べられた時と似ていた。だが、違うのはこちらにどうにかしたいという意思があること。

 みるみるうちに赤ちゃんの顔が生気を取り戻していった。


 母親が声にならない声をあげ、やがて深々と頭を下げた。

 咄嗟に唇を開いていた。


「わたしは何もしていません。何かしたと思うなら……どうか秘密にしてください」

「ありがとうございます……!」


 周囲の眼を感じた。一番強いのは、クレアさんの視線だった。


「まるで……そう、言うなら聖女ね」


 ぽつりと呟いた。


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