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間違えて19話を投稿していました。申し訳ありません。
「何のご用ですか、マッドさん」
余分な力を抜き、自然体で構える。
マッドさんは相変わらず蒼白な顔でおどけたように――しかし左側の顔面が引きつっている――笑う。
「いやあ、そんな警戒しないでくださいよ〜。上には居場所言ってませんから」
真実か見極める。灰色の眼は真摯だった。
「それは教皇聖下を困らせたいからですか」
「その通りですよ〜。血眼で捜せばいい」
毒づいて、また笑う。
「何の用か、でしたね〜。最後に、顔を見に来ただけです。あ、それだけじゃないかな〜。シア君、都を出た後のことは考えてますか」
「はい」
とここで、玄関先から室内に招き入れた。
青年が痩身を壁にもたせかけ腕を組もうとして、止めた。
「シア君にかけられた罪状は、何もありません」
「教皇暗殺未遂と聖女誘拐は問わないんですか」
ここで灰色が剣呑な光を帯びた。
「警備に落ち度があったと認めることになりますからね〜。聖女様にしても以下略です。たとえ自ら作り出した状況でも」
自分も、同じような眼をしているだろうと思う。
「やはり罠でしたか」
「ええ。罠でしたよ〜。狼に化けるなんて聞いたことありませんでした。生還できて何よりです〜」
「じゃあ、帰ってもらえませんか。こちらも時間がないので」
「わかりました〜。それではお元気で。シア君」
「マッドさんもお元気で。ありがとうございました。あなた方の協力がなければ真実を知ることはなかったでしょう。それだけ、です」
はははと笑いながらマッドさんは去っていった。
◇
宿舎に帰り着くと、糸が切れた人形のようにベッドに倒れ込んだ。
朝の鐘が鳴る。今はその音が頭にガンガンと響き鬱陶しくて仕方がない。それに、左腕に力が入らなかった。
今日は休みにしてある。ここのところの不調を気にしたバーゼルの意見を取り入れた。
さて、今頃少年と聖女はどうしているだろうかと、ふと思う。
居場所を知る自分が訪れたとなるとうかうかしてられないだろう。
「居場所を変える。宿屋辺りかな〜……」
自分と同じ、否自分以上に異端である少年。罠をしかけておきながらも無事で良かったと思う。
最初はギルドの馬車の噂を訊く彼と接触した。ギルドの馬車は美しい男を運ぶのに必要不可欠だ。あの馬車はギルト支部長の能力で空気は通すが声は通さない、かつ頑丈な密閉空間を作り出している。
ギルドクローマ教国都支部長。教皇の願いを叶える代わりに、こちらも支部長のお眼鏡にかないそうな少年を修道士の中から選りすぐり、定期的に受け渡している。
それに選ばれたのがマッドの友人だった。
そして若くして、裏で上と繋がりながら、能力から出世街道を進んでいたマッドが、教皇の口出しによって門前勤務となるきっかけでもあった。
上でどんな取引があったかは知らない。
知ろうとも思わない。
だけれど一つだけ思うのは、最初から教皇の掌中にいたということ。
許せない相手の手の内にいることの屈辱を、母を喪い家族には理解されず、農村で独りぼっちだったマッドを、能力者だと知り新しい環境に放り込むことで救われた恩を、同時に抱きながら唇を噛み締める。
願わくば――この苦しみに、この身体に、一刻も早く死を。
◇
「誰かいるか! いるなら返事しろ!」
旅装の騎士が歩きながら声を張り上げた。場所は入り組んだ路地の途中。孤児達の根城に程近い。
「何の用だ」
しばらくして孤児達の頭、鋭い目付きをした中背の少年が、その手下達と共に行く手を塞いだ。
「ある少年を捜してほしい」
威圧する姿勢を崩さないまま、騎士は話す。
「言え」
そして騎士から子細を聞いた頭――ケイシーは頷くと、前払いを促した。
「まずは半分以上、払え。こっちは大勢養ってるんでな」
騎士は悪態を吐くでもなく懐から金貨を取り出した。上司からそうするよう言われていたからだ。
アナ金貨六枚を少年の手に置く。
「滞在場所を教えてくれ。こっちから使いを出す」
話を終えると、旅装の騎士は大通りへと去っていった。
◇
宿に一室を取り、食事も部屋で取った。用を足す以外外に出ることなく部屋の中で過ごした。
聖女は物静かだ。しかし師匠やペトルスと一緒にいる時のように、沈黙が苦にならない。
時折旅の話をしながら、時間は過ぎていった。
夜が来た。今夜ここを出て行く。今朝、出る前に一応大家さんに師匠への手紙を渡して、なけなしの金で家賃を払った。
まず考えねばならないのはいかにお金を調達するかだが、これはギルドで依頼を受ける以外にない。国外に出れば、つてもあるのだが。
都を出て三日程馬車で移動した先に、大きな街――グラセナがある。そこにはギルド支部があるし、人込みが森となっておれ達を隠してくれるだろう。
酔っ払いと巡回騎士以外人通りが少なくなる夜半、時は来た。行こう。
宿を出る。隣りを聖女が歩いている。適当な路地に入り変化しようとしたところで――辺りが不自然な程静かなことに気がついた。何かが息を潜めているような――。
聖女の手を引き路地を出たところを二つの刃が止めた。
立ち塞がるのは二人。その後ろで様子を伺っているのは一人。
そして、
「シアという名だな? その二人はこちらに引き渡してもらおう」
右から走り来る旅装の四人。
深夜の睨み合いが始まった。
どちらも熟達した剣士であり、そのやり取りから師匠と同じくらいの腕であろうことは分かった。薙ぎ、突き、払い――息もつかせぬ戦い。
合間をぬって逃げることは叶わなかった。剣を抜こうとして、あっという間もなく取り押さえられた。
互いの意思の中で、おれを捕縛することは同じだったか。ギルド側――そう旅装の剣士達が言っていた――の剣士がすぐさまおれに枷をはめ、猿轡をかませた。どうしてか、変化することが出来なかった。聖女にも同じことがなされた。
やがて勝敗はついた。
旅装の方に強力な後続があったからだ。
その剣士は剣気から違った。見ているこちらまで圧倒された。
そうしてギルド側の剣士を斬り伏せるのではなく叩き伏せると、巡回の騎士に身分を明かした。
オルコット枢機卿旗下クラレンス・カワード。
騎士クラレンス・カワードか……。圧倒的なつわものの登場に喉が鳴る。
後で聖女に訊いたところによると、オルコット領から逃げ出した犯罪人を捕まえにここまで来て張っていたところ、襲われているのが犯罪人だと気がつき表に出た。
何の犯罪か問われると、農家の強盗及び殺害とスラスラ答えたという。