12
アルベール布店へ向かうまでに少し時間を食ってしまったのには訳がある。
ギルドへ確認に行ったら、ペトルスの指名依頼は完遂されたとなっていたのだ。どういうことか受付職員に問いただすと、依頼先から連絡があったそうだ。そして、本人ではなく親族が訪ねてきた場合でも報酬を渡してほしい――とのことだった。
おれが顔を出さなくても、住所まで連絡は行っていたらしいがペトルスは貸家で行方不明だ。となるとそれほど間を置かずにギルド登録時に記入した、第二の住所に連絡が行くことになる。あくまで記入していれば、の話だが、ペトルスだ。書いているだろう。
実際確かめると、渋々ながら受付職員は教えてくれた。
遅かれ早かれ、アルベール老夫妻は息子の不明を知ることになる。
ならば、今日――事実を伝えよう。
◇
今日の店番をしていたのは老夫婦だった。
パッと笑顔になった大奥様がいらっしゃいませと声をかける。
それに何とも言えない感情を覚えて苦しくなる。
若旦那に用がある旨を伝えると、じゃあ早めに昼食にするわと言って奥の老主人共々姿を消した。
こちらを認めると、若奥さんが頭を下げた。若旦那と共に店に出てくる。
「……お久し振りです」
「ペトルスのこと、何か分かったのか?」
一呼吸、間を置く。
「出来る限りの手を尽くして捜しましたが、何も、分かりませんでした」
「昨日、ペトルスに来ていた指名依頼が完遂されたということ以外は、何も」
落胆した若旦那は大柄な体が一回り、小さく見えた。がしかし、拳を握りしめると食ってかかってきた。
「どこからどこまで調べた!? 」
おれも拳を握る。
「大聖堂で聖女様に訊き、色街中の女の人にも、騎士にも、孤児達にも訊きました! おれには、それ以外は捜しようがありません!」
そこで指名依頼の報酬の話をした。遠からず連絡が来ることも。
俺も……と若旦那が呟いた。
「ただ待っていた訳じゃない。孤児の子供達に訊いてみた」
「名前と特徴を言ったらペトルス兄だなって返す子供がいて、いつもパンくれるから覚えてるって言ったんだ」
淡々と、感情を乗せずに話していく。
「依頼のあった日かは分からないが、ギルドの馬車に乗り込んで大聖堂の方へ向かったのが見た最後だとさ」
「おれも、聞きました。でもこれだけでは判断出来ない」
沈黙が降りる。
「あなた、話しましょう……推測は置いておいて」
若旦那の隣りで黙ってきいていた奥さんが言った。
若旦那は、肩を落として頷いた。
老主人カジミールさんは放心した様子で、大奥様オレリーさんはさめざめと涙を流した。
やがて、
「捜してくれたんだね。ありがとう」
とカジミールさんが潤んだ眼で、掠れた声で言った。
そして後日、報酬を取りに行くとのことだった。
別れ際に老夫妻は抱き合いながら力強く宣言した。
「私達はあの子が帰って来るのを待つことにするよ」
数日後、報酬の内容を聞いた。ドリー金貨十枚だったそうだ。
その時に、訊いたことがある。生誕祭の時、何故おれの顔を見て驚いたんですか、と。あまりにも驚愕した様子だったので、心に残っていたのだ。
カジミールさんは言った。
六年前まで、ベイン枢機卿を介して狼族から布を買ったり、時には買い叩かれるらしく狼族自ら足を運び布を売りに来ていたという。
それがある時ピタリと止み、何があったか質問状をベイン枢機卿宛てに出したが一向に返事が無かった。
不審に思った当時のカジミールさんは、知り合いの薬師と共に――こちらは薬草を売買していたらしい――森へ踏み込んだ。
カジミールさんは騎士にすぐ見つかり進むことが出来なかったが、薬師は道を知っておりうまくくぐり抜け、そこで集落の跡地を見たという。
カジミールさんを呼び止めたのはべイン枢機卿下の騎士で、薬師が見たのはアークライト枢機卿下の騎士だった。
マントに描かれる紋章が違うのだ。
勿論、わざと見せており実際は別の旗下だったという可能性もある。
何故火事跡をうろついているのかと強気に薬師が訊けば、問われた騎士はこう答えた。
暗殺の民の生き残りが帰ってくる可能性がある為、常駐している。
ということは焼き討ちにしたのかと問えば、そうだと言った。
焼き討ちにした理由――暗殺の民だからということを聞いても、カジミールさんにはそれがひとつの民を焼き討ちにする正当な理由だとは思えなかった。
どこどこの枢機卿の子が、婦人が、暗殺されたと市井の噂で聞き及んでいても、実際に暗殺をした者に罪があるとは思えない。
ひとつの民とは、落ち葉のようなものだ。ひらひらと何等かの思惑を含んだ風でどのようにも飛ばされ操られて行く。
何より、布を売りに来る親子の、あの純朴な笑顔と暗殺が結び付かなかった。
そして、未消化の気持ちを抱えたまま、一度も狼族を見ることもないまま――六年が過ぎ、おれが現れた。
おれは請われるまま、この六年間のことを話した。もう一人の生き残りである師匠と共に各国を旅したこと。そして今は師匠の帰りを待つ身分であることを。
それを聞いたカジミールさんはしきりに頷くと、言った。
「なら、どうだろう。昼食を共にしないかね。夜は危ないからね」
「ご心配には及びません。すぐに仕事を見つけるつもりですから。それに、多少は剣の心得があります」
「困った時はお互い様だよ。気兼ねせず来なさい」
困ってオレリー夫人を見ると、笑って頷いた。
「一緒に食事がしたいのよ。ね、来てくださらないかしら」
おれの手を握って言われてしまった。
「……分かりました。でもいつも来られる訳じゃないですから」
「ありがとう」
カジミールさんはニッと笑んで囁くように言った。
◇
「ありがとう~ケイシー」
若干眩暈によるふらつきを覚えながら礼を言い、残りの金貨を渡す。
渡された袋に違和感を抱いたか、孤児の少年ケイシーは中身を覗き込んだ。そして息を呑む。
「あんた、大丈夫なのか。こんなに」
中に入れたのは金貨十枚。あまりに大枚である。だが、しばらくは此処に来ることはないだろう――もしかしたら、永遠に。そう思って口端が吊り上がる。だから、いいのだ。このところ感じる症状は、亡くなった母とよく似ていた。
いささか心配そうに見上げる少年に、微笑みかける。
「いいんですよ~。受け取ってください。もしかしたらこれから代わりに誰か来ることになるかも知れません~。言っておきますよ~」
ぐるぐるくらりと、世界が回る。槍を握る手に力を込めながら、背中を流れる大量の汗を気持ち悪く思いながら、しっかりと足を立たせた。
「じゃ、また~」
手を振り、身をひるがえす。一歩一歩地を踏み締めながら、このまま実際に確かめに行くのが良いと思い立つ。
今日の巡回の相棒はバーゼル先輩だ。しかしバーゼルにも体調をごまかしつつ来ており、今朝より悪化している今、これ以上は取り繕えないだろうと諦める。
今日は定時連絡だけにしようと決め、路地を後にした。