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 相変わらず夢を見ていた。内容は変化してきている。

 狼が咲き誇る花々を前にしたところで場面が変わり、火にかけられた男の顔がよく知る者の顔になった……ペトルス。そうして彼は灰となり崩れ去る。九尾の白狐は湖面をじっと見ており、狼が湖に落ち、蔦を体に絡ませた半獣の狼が現れるところで終わる。

 眼を覚ました時、涙を流していた。……理由は明白。ペトルスだ。

 ――間に合わなかった……。その思いが強い。あるいはこれ以上捜すな、との意味合いかも知れない。

 これまで日記に書き付けてきた内容を読み返すと、灰は死を表す? とあった。これまで親しくした人間が夢の中で灰になり、すぐに死んだことがある。または死んだ人間が灰となって出てきたこともある。

 人と関係を結ぶことを避けたくなったおれを、立ち上がらせてくれたのは師匠だ。関わり夢に見ることでその人が救われるならと積極的に捉えるようになった。

 半獣の狼とは師匠だ。何処かに囚われているのだろうか? 心配だ、帰って来られるのだろうか。もどかしい。

 とにかく、まだ、諦めてはいけない。大聖堂前へ行くことにした。

 昨日はすぐに直行したが二人共姿が見えなかったので引き返したのだ。

 何故ギルドの馬車と断定した噂が流れているのか?

 そして何故わざわざ人目の多い昼間に通っているのか?――それは、人気のない夜だと不審だからだろう。他に、理由があるだろうか。

 大聖堂前に行くと、いた。

 並ぶ人の列をぼんやりと見ている。マッドと呼ばれていた騎士だ。早速近付き、声をかける。


「マッドさん」

「あれ~君はこの前の~。どうかしましたか」

「お仕事中、すみません。お訊きしたいことがありまして」


 ここでマッドは列を離れた。小声で話す。


「僕この前ので怒られちゃいまして~。手短にお願いします」

「すみません。噂が流れてますよね。ギルドの馬車の。あれってなんでギルドの馬車って断定できたんですか」

「なんででしょうね~。僕には分かりません。バーゼルさんなら知ってるかもしれないけど~、あっ。この前一緒にいた人ですよ~。先輩今日休みなんで。また明日来てもらえますか~」

「わかりました。それと……教皇庁の閉まる時間を教えてください」

 マッドは貧弱そうな青白い顔の中で不可解な笑みを浮かべた。口端を吊り上げている。


「夜の鐘が鳴る時間ですよ」



 何もかもを置いてきてしまった為に、幾日もの間、労働を対価として一晩の宿を頼み込んだ。

 ここは何処かと尋ねると、都からそう遠くない村々だと分かった。近辺の村に早馬が出された様子もなく、泳がせるつもりなのだろうかといぶかった。

 その日の家で食後の茶を共にしていると、外から紛れもなく鎧の擦れる金属音が響いた。


「ごめんください。オルコット枢機卿旗下のカワードと申します」

「何のご用ですか」

 驚きながら家主が問うと、すぐ村長の声がした。

「いいから開けなさい!」


 ――オルコット枢機卿。間違いなく俺だ。一瞬の判断で家主を押し退け扉に近寄った。開けたら斬られるかも知れない。だが俺をかくまった家主がそうされるよりはいい。

 扉を開ける――そこに、上背のある体格の優れた騎士が立っていた。顔には柔和な笑みを浮かべている。剣があれば一太刀二太刀交わせるかも知れなかったが、逃げられるかどうかは分からなかった。

 全身に剣気が突き刺さる。騎士の隣にいる村長はすっかり萎縮してしまっていた。

 カワードと名乗った騎士が言う。


「お話がありますので、村の外に出てもらえませんか」

「分かりました。旦那さん、奥さん、ありがとうございました」

「あんた――」


 制止しようとする老齢の旦那さんに微笑むと、旦那さんは口を結んだ。

 村の外まで歩いていく。他にも部下か知らないが騎士達がいて、自然と包囲されていた。

 村の灯火がやっと届くところまで来て、カワードは話し始めた。


「貴方に捕縛命令が出ています。大人しく捕われてくれますね?」

「捕縛ってのに丁重な扱いをされると寒気がするんだが」

「猊下はまだ貴方の価値を認めておられる。応じてくれれば傷一つつけないことを約束しましょう」

「てことは俺との関係を知ってるんだな。あんた」

 広い肩をすくめてカワードは言った。

「自慢ではありませんが猊下の側近ですので」

「都に弟子がいるんだが手紙は出せるか」

「そうそう。抵抗すればお弟子さんがどうなるか分かりませんよ」

 とはいえ、捕まったらどうなるか分からない。

 会話しながらそろりと隙をうかがうが、この騎士達、まるで死角というものがない。

 むきだしの剣気を四方八方から受けて、じとりと、背中を冷や汗が伝った。

「分かっている。連絡は取れるのか」

 苛立ちをこめて言う。騎士はまあまあと両手を扇がせる。

「取れますよ。ではご同行お願いします」

 身体は自由だというのに、既に縄で縛られたように身動きが取れない。

 ――シア、俺、帰れないみたいだ。内心で語りかける。

 いつまでか、本当かどうかも分からないが、囚われの身となる――。



 ブライス様にまた相談してみた。外の世界を知らないわたし達が、本当に人々を救いへ導けるのでしょうか――と。

 ブライス様は言った。そうね。外へ行きたいと私も散々思ったものだわ。けれど今はこう思っている。神の耳目たる聖女という箔が無ければ人々は話してもくれないでしょうって。まず話してくれることが重要なの。そこら辺の娘がいくら相談してくれと言ったって、門前払いがいいところだわ。

 異国からもここへ懺悔に来てくださるのは、傾聴に特化した立派な“聖女”がいるからよ。

でもね、エレイン様。貴女の言うとおり、外の世界を想像する努力を忘れてしまっては聖女の名折れだわ。

 それとね、救い導くのは私達じゃない。懺悔する一人一人なのよ。

 と、また教えてくださった。

 言外に、聖下に逆らうなと忠告を受けた気がした。

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