振り向く影
この世界に堕とされて6年、俺も、それなりに大人になってきたのだろう。色々なものに意味を見出だせなくなった。
ここに来たばかりの頃は、正直に言って、冒険心なんて皆無だった。
日本にいたときは見本のような普通の人生を送っていたと思ってる。
普通の学校に行き、普通の大学に入り、かといって特にやりたいことや、興味のあることもなく、ただ、ただ惰性に日々を過ごしていた。
もちろん自分の人間性にも良いところがある訳じゃない。
性格も若干根暗が入ってたから友達もそう多くなかったし、取り立てて目立つような特技や趣味があるわけでもなかった。
だから、まさに恋愛とか青春とか、そういうのは一生自分には縁のないものだと思ってた。
これからも、こんな感じで普通に人生を送ってくんだろうなぁと考えてた。
でもそんな中で、自分が悪いってことも、とうに分かってたんだ。
いつだって妥協ばかりで自分から動こうともしない、しようとする努力もしなければ、そうやっている自分が嫌で現実からずっと目を背けてた。
そりゃやりたいことなんて見つかるわけがないし、恋人だってできないし、自分を変えることだってできるわけがなかった。
でも世の中そんなもんだって、俺とおんなじ奴なんてごまんといるって、こんな世界に生まれたことがそもそもの間違いだって思って。
そうやってまた自分から、いや、何もかもから逃げ続けて。
…………………全てに絶望してたんだ
だからなんだろう、きっとそれは、世界と真正面から戦いあわなかった俺への神様からの罰だったんだと思う。
大学からの帰り道、コンビニでなにか夜食でも買って帰ろうと思い、目の前のコンビニにつながる交差点を渡ろうとした俺の目に飛び込んできたのは、なにか、夜にしてはとても明るい、2つの光だった。
馬鹿みたいかもしれないけど、そのときの俺にはそれが、まるで、天使みたいに見えたんだ。
…………………………………………………………………………………………………………
痛めた首をまわしながらぼんやりと荷物をまとめる。終われば一階で朝食を食べて出発だ。思えばイーリスにはだいぶ長いこといた気がする。
「っ痛てえな」
勝手に筋肉が固まるくらい痛む、どういう寝方をすればこんなに痛むんだ、おかしいだろ……まるで三点倒立しながら寝たみたいだ。いままで寝違えたことなんてなかったんだが。
首をおさえながら、ふいに今日という日を思い出す。別に特別に思っている記念日というわけでもないが、ああ、なるほど、嫌でも過去へと思いを馳せるのが人の悪いところでもある。
ここに堕とされて6年だ、6年、とてもとても長く感じる。そう感じるのは俺が元の世界に帰りたがっているからだろうか……
……それは違う……
そう、そのはずだ、元の世界に帰ったところで今さらどうする?同じ時間軸にあるかもわからない。帰れたとしてもまたゼロからのスタートだ、この世界より遥かにしがらみのある世界だ。希望をもって歩んでいけるなんて楽観的に考えられるほど今の俺は甘くない。少なくともあの世界にいた俺よりかは今のほうが天と地ほどの差があるほど力は強い。こちらの方が生きづらいが生きやすい。
もう何度もやったくだらない自己完結をとっとと終わらせ、まとめ終えた荷物を背負う。窓から照らす恵みの光を背に浴びながら部屋をあとにした。
ちょうど6年経ったという節目の今日この日、いままで起きなかった首への痛みが、変わらない日々を変えてしまうような気がして、あるはずのない不安に心を震わせながら。