・本番はこれから
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剥がれた口紅に、乱れた髪。
もし、これが何も知らない、しかも婚約者側の関係者が見ればどう思うだろうか。
答えは一つしかない。
そう、たった一つしかないのだ。
「聖、おっと、取り込み中だったか?」
「いえ?済んだので、もう結構ですよ?そうですよね、緋弓さん?」
おぉい、ナニ勝手な事を言ってるんだって!!
それに緋弓さんって何なんだ。
アンタそんな紳士キャラじゃないだろ。
私の非難がましいその視線を、見せつけるようにして私の頭を自分の胸元に押しつけ(これは苦しい)、突然現れた誰かさんに、如何にもウソ臭い笑みを向けた。
お陰で鳥肌が総立ち。
「それで?兄さん、何の用です?」
「いや、俺の義妹になる子の顔を見に来たんだが・・・。」
「勿体無くて、見せられませんね(見せる価値もない)」
空々しい会話に、またしても背中がゾクリとする。
それに、コイツの言葉には全て裏がある。
どうして、こんなにもコイツは全てが似非臭くて疑わしいのだろう。
力強い拘束から何とか逃れ、溜息を吐けば。
「疲れたんですか?緋弓さん?あぁ、顔色が悪い。無理をさせてしまったようですね?」
何故だろう。なんか激しく小馬鹿にされてるような気がする。それにここで頷けば、更に激しく誤解されるかも知れない。なら、取る行動は一つ。
腕に力を込め、距離を取り、ナントカ清楚に微笑んでみる。
「だ、大丈夫です。すみません、私は少し休めば大丈夫なので。ひ、聖さんは・・・。」
「遠慮する事は無いんですよ?緋弓さん」
瞳が笑ってませんよ・・・?社長さん?
うふふふ、あははは、と笑いあい、牽制しあう私とこの人。
それを端から見れば、何とも羨ましい(私にしてみれば嫌で堪らない。)光景で、微笑ましい関係に見える。
お兄さんもお兄さんで、にこにことしているだけで、助けようとしない。
そればかりか、とんでもない事を打ちかましてくれた。
「その様子なら、直に元気な子供も見れそうだな。な、絅子。」
「――えぇ、そうですわね。」
ま、まだ人がいたの?
しかもなんだかこの人、私の事睨んでない?
もしかして、いやいや。そんな事がある筈がない。
私が悶々と一人で考えていると、グイッと、突然顎を掬い取られ、ふにやり、と、何か柔らかいモノが触れ、生温かい何かが入り込んできた。
それに驚き、もがけばもがくほど、それは激しく、淫らに、深くなっていく。
つぅーっと、唇の端から洩れた唾液が恥ずかしい。
耳に突き刺さる甘く媚びた声も忌々しく、恥ずかしい。
しつこく舌を絡められ、酸素を求めようとすれば。
「ん・・・、やぁー、んっふぁ・・・、」
それを狙っていたと言わんばかりに、深められ、遂には力が抜け、自分の脚で立てなくなった私は、悔しい事にアイツの胸元に縋りつくしかなくなった。
それを見て満足したのか、奴は私を解放した。
「そんなに焼きもちを妬かなくても、私は緋弓さんしか見てませんよ?だからそんな目で私を見ないで下さい。」
そんな目って何だ、と、言い返せない自分が悔しい。
だから、せめてもの仕返しに、私は奴の胸元を拳で叩き、あとは任せた。
どうせ、私はもう動けないのだ。
好き勝手やったらいい。
白旗を上げて試合を放棄した私は、この後、奴にいわゆる『お姫様抱っこ』をされ、大人しくもか弱い、従順な婚約者として、奴の関係者に紹介され、益々着物をくれた人に、私は気に入られてしまったのだった。
お酒は飲まない!!って、この時私は決めた筈なのに、私は懲りずにまた同じ失敗を繰り返してしまうのだけれど、それはまだ先の話。
緋弓の不戦敗。