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・御曹司、失態を悔いる。

 蒼褪め、ボタボタとアスファルトに染み込んでいく悲しみの涙。

 泣かせないと、彼女の両親と従兄弟の墓前に誓ったばかりなのに、どうしてこんな事になってしまったのか。


 兄嫁の絅子とは昔惰性で付き合っていた頃があった。

 いや、正しくは性的に依存していただけなのかもしれない。


 絅子は昔から自分が美しく妖艶であることを自負している所があった。そこに更に美しく見える様に努力を積み重ねれば、自然と彼女の周囲にはいろんな男達が集まるようになっていた。

 その集団の中に俺がいたのは今となっては消し去りたい程の愚かしい過去だ。なのに、当時の俺は、ただただ甘い香りを放つ毒花に誘われるように、考えなしにその毒花に近付き、快楽に溺れ、彼女が望むままに己の家の力を振り翳し、なんでも彼女の我が侭を聞いていた。


 が、そんな生活が唐突に終焉を迎えたのは、兄が婚約者を家に連れてきた日の事だった。

 兄の隣にはいつもとは異なり、大人しく優しげで儚げな空気を纏っていた彼女、いや、毒花の様な女である絅子を見た瞬間に俺は唐突に理解した。


 あぁ、俺は餌だったのだ、と。

 振り返ってみれば見るほど、俺は毒花にいいように愚かしい言動を繰り返した子供ガキだった。

 そんな俺は勿論一族の中で忌避されていたが、ただ一人、アイツだけは違った。


「聖兄さんは悪い熱病に感染してただけなんだよ。でもその病原菌も消えたんだから、今から態度を改めればきっとまだ間に合うと思うよ?

 俺だって彼女に好かれたくて頑張ってるんだからさ。」


 と、当時、年が改まってから急に今までの生活態度を一変させた5歳年下の従兄弟に慰められた時は、この世の終わりかと思ったが。


「聖兄さんはさ、本家の人間だけどちょっと息苦しいんだと思うよ、あの人達の中で暮らしていくのが。だからこの際、少し本家から出てみたら?きっと何か遣り甲斐のあるモノとかに出会えるかもよ。」


 最後に従兄弟は自分が狙ってる子が如何に可愛いか熱く主張し、自分の立てた計画を完璧に遂行すべく、祝いに集まった親族に薄気味悪い程の愛想の良い笑みを貼り付け、ヒソヒソと陰口を叩かれても以前のように刃向かう事無く、全てを穏便に済ませ、気がつけば一足先に退散していた。



 なぁ、奏詩。

 今もお前が生きていたら、きっとお前はアイツを泣かせたりしなかっただろうな。

 泣かせたとしてもその涙は悲しみの涙じゃないはずだ。

 俺だって、泣かせたいわけじゃない。なのに、上手くいかないのはっ、


(俺は、決めた筈だ)


 そして誓ったはずだ。

 アイツに、アイツの両親に、そしてアレに・・・。


(思い出せ、俺は誰だ?)


 脳が答えを出す前に、身体は動いていた。

 纏わりついていた疎ましいオンナの腕を振り払い、タクシーを拾う。

 脳裏には、裏切られ絶望した表情の婚約者の姿が焼きついて離れない。


 ドクドクドク、と、いつも以上に早鐘を打つ胸の鼓動を自覚しつつ、一縷の望みを託し、コールした電話に出たのは、加南子の刺々しいくも冷ややかな声で告げられる、緋弓のただならぬ病状だった。  

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