・婚約者は現実逃避中
白いワンピースに、七分丈のレギンス。足先を飾るのは某ブランドの格安ミュール。
そのシンプルで爽やかな装いは、彼女が若くて綺麗だからこそ許されている。
7月に入り、そろそろ梅雨も終わりかと思われる今日この頃、私は加南子さんとイタリアンカフェで待ち合わせ、一緒に買い物を楽しむつもりでいた。
待ち合わせた時間はお昼の少し前で、カフェでゆっくりランチを取ってから、加南子さんお勧めの店や、私が普段愛用している店を巡り、最終的にはデパ地下を巡ると言うやや強攻的なスケジュール内容だった。
デパ地下は加南子さんが一度も体験した事が無いと言う事から(買い物は殆んどが外商だったんだって。)急遽予定に入れたんだけど、大丈夫かな?と、私がこんな変な心配するのにはきちんとした理由がある。
忘れてたけど加南子さんってば、顔は清純派なんだけど身に纏っている空気は強気な令嬢だから、そっち系のお嬢様タイプを屈服させたいと願う、個人的に言えばお付き合いをするのは、性格的にご遠慮願いたい男性陣にさっきから声を掛けられまくってるんだよね。
で、私はそんな性格的に歪んでいる男共で築き上げられたバリケードで、オトモダチの加南子さんと合流出来ずに困ってるって言うワケ。
うん、まぁ、ここまで無視されたらね?女としてのプライドと言うか、立場と言うかズタ褸なワケよ。
だって考えても見て?自分だってそれなりなのに、近くに綺麗な人がいるからって、視線や注意は全てその綺麗な人のモノ。
もしも恋人にそんな反応されちゃったら、私は怒るわね。そりゃあ盛大に。
と言う訳で。
「ちょっと、退きなさいよ!!」
強行突破。
グイグイと加南子さんに、まるで電灯に群がる羽虫の様な男共を掻きわけ、物語の騎士宜しく加南子さんを救い出し(別名:強奪とも言う)、男共に囲われ困惑していた加南子さんの細腕を引き、適当な店に入り、店員さんに事情を話し、裏口から逃がして貰う。
こう見えても私、実は学生時代はアイドルグループのコンサート会場で誘導員のバイトをしてた頃があって、そう言うバイトは意外にも短期集中で時給も良かったから、全国各地に稼ぎに行った経験が・・・。
「ったく、何処でもアホウな奴らがいるのね。難破してる暇があるんなら、仕事でもしてろって・・・の」
立ち止まり、呼吸を整えながらも文句をブツブツ呟いていた私は、偶然にもその光景を見てしまった事で、一瞬にして頭が真っ白になってしまっていた。
どうしてだとか、なんでとかなんて言う安くて陳腐な言葉すら思い出せないほど、私はそれに動揺していた。そんな私の急激な変化を、私と一緒にいた加南子さんが見逃すはずもなく、加南子さんは私が急に動かなくなってしまった原因を探り出すなり、怒りを顕わにした。
「ちょっと、あの方聖さんじゃない!!それに聖さんに抱きついていらっしゃる方って、」
「・・・っ、いいのっっ、知ってたから。だからイイの、加南子さん。――私は大丈夫だから。」
「でもっ、」
「いいから、本当に大丈夫だから。」
大丈夫だから、ここから離れても良いかな、と、言った私に、加南子さんは渋々にではあったが、あまりにも私の顔色が悪かったのか、結果聖さんと女性に対しての怒りを収め、そっとその場から離れ、大通りに出てタクシーを拾い、現場から離れてくれた。
判ってる。
知ってたはずだった。
だって本人からも聞いてたことでもあるし。
頭ではそう理解してはいても、心は追い付かないし、認めたくも無いのか頭と胸がズキズキ痛み、鼓動も幾分か速い様な気がする。
それに上乗せして、ある事が連日のように続いていた私の身体は、悲鳴を上げた。
タクシーの中で、加南子さんにガクガクと無意識に震えている体を支えて貰いながらした大きな咳。
その咳の最後、私は自分の掌に紅い華が咲いているのを見て、茫然としてしまった。
途端、車内と私の咥内に広がる鉄の匂いと味。
その匂いに異常を咄嗟に察したのか、タクシーの中年の乗務員さんは、同乗していた加南子さんに確認を取り、行き先を病院へ直に進行変更した。
「大丈夫ですか、もうすぐ着きますからね。」
「緋弓さん、しっかりして!!」
「・・・。」
緋弓さん、と必死に私の名を呼ぶ加南子さんの声を耳にしながらも、私は何処か別の次元に漂っている様な気分を味わっていた。
それを人は現実逃避と呼んでいる物で、私のそれは病院で吐血の詳しい検査が終わるまで続いていたのだった。




