・墓参り
雲一つもない、澄み切った青空に湿気を含んだ初夏の風。
こんな日にはどうしても行きたくなる場所がある。
それは――。
「奏詩、久しぶりね?」
――元気だった・・・?
カコン、と、木桶の中に杓子を戻し、両手を合わせ目を瞑る。本当はもっと早くに報告に来たかったけれど、どうしても決心がつかなかった。報告に来てしまったら、本当にお別れになってしまうのではないかと言う恐怖が、私の中に蟠っていたから。
「奏詩、私ね、良く知らないんだけど、貴方の従兄弟と結婚することになったの。あなたはそれを許してくれるかな?」
墓前に添える為に持参した花束は、奏詩が好んで私にと持ってきてくれた薔薇と向日葵。
今日、ここに来たのは私だけじゃない。
冬に結婚を控えている聖も一緒だ。
「ごめんね、本当は奏詩だけを想って生きて行こうと思ってたんだけど、もう一度だけ、幸せになって見ようと思える相手と出逢ってしまったから。」
答えてくれる人がその墓の中にいないと判っていても、どうしても語る事を止められない。
初夏の霊園には、今、私しかいない。だから、思いっきり涙を溢れてくる感情のまま流す事が出来る。聖を信じてみると心を決めたのは良いけれど、まだ彼の前では素直になれない。
それでも二人で決めた結婚式が徐々に近付いて来るにつれ、面映ゆい気分にもなるのは、相手が嫌いではないから。 これからの長い人生、多分、私は何度も聖とぶつかり合うと思う。それをいかに乗り越えて行くのかが、今後の私と彼の課題で。
ジャリッジャリ・・・。
霊園の敷地内に敷き詰められた砂利石が踏みしめられる音に、私は流していた涙を急いで拭い、振り返った。
「遅かったわね、聖。」
「お前は相変わらず減らず口だな、緋弓。」
からかってやろうと振り返った私を上から見下ろしてきた序に扱き下ろしたのは、疲労感を存分に漂わせた色男で、その左手には白い菊の花と黄色い菊の花。
多分、霊園の傍にほど近くあった花屋からわざわざ買って来てくれたのだろう。聖は優しくて、義理がたい人だから。
カサリ、と、ビニールで包装されている花を墓前に供えた聖は、手を合わせ、囁く様に奏詩に宣言した。
「悪いな、奏詩。お前の恋人は俺がお前の代わりに貰うぞ。その代わり、お前は俺達の子供として生まれ変わってこい。どんなに時間が経っても待ってるから。」
聖のその言葉は、どんな甘い言葉や、プロポーズより、私の心に響いた。
「緋弓、帰るぞ」
「うん。」
私と聖は自然に手を握り合い、霊園を後にした。
その姿を見送るかのように、私達が供えた花の花弁が、まるで私と聖を祝福するかのように散ったのを、私達は知らない。




