・順位と託された想い
聖視点
「聖君、あの子のコト迎えにきてくれてありがとう」
また眠ってしまった彼女を起こすのも忍びなく、この二日間会社で缶詰になっていた代わりに、明日一日だけ休みを貰った俺は、彼女の両親の勧めと好意を受け取り、泊ることにした。
勿論泊る部屋は娘の部屋で良いわよね?だって婚約者だものと、半ば脅しはされたが、別に俺に異議は無かったから、その提案も素直に受け入れた所で、話があるからとリビングに来るように言われ、行けば、そこにはさっきは気付かなかった人が俺の動向を静に見極めていた。
その人の名は、守丘 彰宏。
彼こそが経済界でこの人在りと謳われ、密かに恐れられている日本経済界の鬼神である男。彼の出自は母子家庭と言う決して恵まれた環境ではなかったものの、己の努力と日々の積み重ねで高校・大学へと進み、それらの学費や掛かった費用は全て奨学金と己で稼いだモノで賄ったのだと、幼い頃から祖父から聞かされていた。
そして、お前達の父親よりも余程見込みがあり、この涼雅家一族が最大の勢力を尽くしたとしても彼の手腕の前では、塵芥にも等しいと、あの普段は何を考えているか判らないと揶揄されている祖父をも唸らせた人物。
そんな俺の祖父にも認められた優秀な彼が選んだ会社は、当時は名前も力も全くないインテリアの会社だったが、彼が入社した翌年から、その会社は無茶な冒険から足を洗い、日本がバブルで盛りあがっている情勢の最中、堅実に業績を積み重ね、誠意と後手のしっかりとしたアフターケア-で、しっかりと顧客たちの心を鷲掴んで離さず、品物が欠損した場合は原則可能な限り無料サービスで対応を心掛けていたらしい。
考えてみても欲しい。
その当時は日本中に価値もないかのように札束が乱舞し、一時の泡に酔いしれていた。いつ、如何なる時、破けるかもしれない危うい泡に。
その泡の危うさに気付いていたからこそ、彼が今勤めている会社はこの経営難の時代に、特にこれといった問題点もなく黒字経営なのだ。
今でも彼は良く現場に自ら進んで出向くという。
その彼の愛娘が俺の婚約者である緋弓の父親だという事は、解っていたつもりだった。
――だが実際は。
「久しぶりだね、涼雅君?」
彼が俺をまだ自分の娘の伴侶として認めてない事が、その短い一言で判ってしまった。
「娘はキミを許したのかもしれないけど、私はまだ君を信じられないんだよ。」
堂々とした如何にも支配者たる風格で、俺に圧力を掛ける彼は、俺のどんな些細な言動も見逃さないと言わんばかりに、こちらに全神経を注いでいる。その雰囲気に俺はあっさりと飲み込まれてしまった。それと共に俺の中で生れた感情は、《恐怖》。
俺はこれでも胸を張って人の上に立って仕事をしてきたつもりだった。
でもそれは本当につもり(・・・)だけだった。
あぁ、まだだ。まだ足りない。このままでは俺は一生彼に息子としては認めて貰えない。
そんな悶々とする思考から俺を救ってくれたのが、冒頭の彼女の母親の言葉だった。
「あなた、いじめ過ぎよ。ねぇ、聖君。」
「は、い、」
「聖君は緋弓と奏詩君の事を知ってるわよね?」
知っているかと聞かれればイエスだが、詳しい事情は知らない。だが、それを知られたくなかった。だから俺は無言を通したし、彼女の母親も特に俺の答えを求めてなかった。
「緋弓はね、奏詩君があの出張に行く前に喧嘩しちゃって、奏詩君のプロポーズを受け入れられなかったのよ。でもね、こっそり空港に見送りに行くくらいは、彼の出張が寂しかったのね。だから帰ってきたら、誰が何と言おうと、反対されようとプロポーズを受け入れて結婚すると決めていたの。あの頃のあの子は、本当に輝いていて、幸せそうだったわ。でもね」
可能ならばその先の言葉は聞きたくなかった。
でも、それは許されなかった。
「辛いだろうけれど聞いて頂戴。奏詩君は偶然その場に居合わせてしまっただけで、命を奪われてしまったの。その報せは直に現地の大使館を通して奏詩君のご両親や親族に知らされて、緋弓がその事を知ったのは、一番最後だったのよ。緋弓はあちらのご親族に疎まれていたから」
その言葉で思いだされたのは、醜く一人の女性に対して喚き立てる従姉妹や、関係者達。
彼女の母親は俺が何かを思い出しているのに気付いているのか、そうではないのか、一切構わずにお茶を一口飲み、喉を潤わせ、話を続ける。
「それからよ、緋弓が、あの子が異性と深く付き合う事を辞めたのは。また喪いたくないから、独りになりたくないから。あの子が立ち直るまで5年かかったわ。
いいえ、今でも立ち直ってないのかもしれない。それでもね、聖君、貴方には心を許し始めてると思うの。だからね、あの子の事を傷付けるくらいなら今すぐにでも別れて欲しいの。でも、本当に愛してくれてるのなら・・・
あの子を、緋弓を迎えにきてくれてありがとう」
話が長くなっちゃったわねと、すまなさそうに苦笑し、彼女の母親に謝られた俺は、何も言えなかった。でも一つだけ言える事は、彼女達の両親の中では俺が奏詩ほど信頼を得られていないことだけ。
それを覆す事が出来るのは俺のこれからの努力だけだと暗に諭されているような気がしたが、苛立ちはしなかった。
だから俺はその期待に答えようと思う。少なくとも俺は彼女以外を妻としては愛せないと思うから。
あの意地っ張りな彼女を傍で見ていたいから。




