・その男、危険につき
お見合い当日。
しっかりと結いあげた髪に簪を挿し、華美とも言える振り袖を纏っているのは勿論私、ではなく、私の替え玉の例の明智さん。
彼女にこの話を持ちかけたら、もうそれは大張り切りだった。
お陰でこっちは驚きのあまり、少し顔が引き攣りそうだった。
これで彼女が見合い相手を口説き落とし、彼女が寿会社を決めたら、少しは会社の男どもは楽になるだろう。
明智さんは根っからのハンターなのだ。
彼女に掛かれば、エリートも何もない。
彼女にとって良い男とは、金と容姿が全てで、次点が身体の相性と言う、実に人間の欲に塗れた俗物なのだから。
「可哀想だけど、コレも会社の平和の為よッ!!」
出かける前の私の異様に高いテンションに、普段はのんびり屋なあのタヌキ親父は、何かを悟ったらしく、呆れ果てた様な、諦めた様な表情で、一言だけポツリと呟いた。
――どうなっても、知らないからな。
それを聞いた時は、何を言っているんだと思っていた。
どうにもなるワケが無いではないか、と。
事実、今私はこうしてお見合いを他人ごとのように見ている。
(これなら、楽勝ね。)
と、私が思わず二ヤリとしかけた時、それを阻むかのように一人の男が現れ。
「ここ、空いてますか?」
その問いに私が「空いてますよ」、と、私が答える前に、問いかけてきた男は、優雅に私の前の席に座ってしまった。そして。
「いい天気ですね。今日は何方かと待ち合わせですか?」
「い、いえ、ただの息抜きですけど」
「お仕事は何を?」
「・・・?受付ですけど、それが何か?」
次々と繰り出される問いに、私は某結婚情報誌に目をやりつつ、仕方なく答えてやっていた。
それが敵の思う壺とも知らずに。
私は大かた、デートの待ち合わせで、その間の暇つぶしなのだろうと思っていた。
だから、敵に誘導されるまま、何も疑う事無く淡々と答えていた。
「結婚相手にお求めになる条件は?」
「私を醜い争いに巻き込まず、私のプライベートに干渉せず、浮気や不倫をするなら事前に報告するか、完全に隠し通す事。」
「中々シビアですね。では、あなたはお見合いをどうお考えですか?」
シビアではなく、現実的と言って欲しいと思いながらも、私は答えてやった。
「良いんじゃないんですか?私は遠慮したいですけど。だいたい私はまだ結婚するつもりないですし、例え結婚するとしてもまだ先ですから。あぁ、いっそのこと、後妻の方が楽でも良いかも知れませんね。」
後妻。
それならば、相手が社長でも良いかもしれないと思った時、正面に座っていた男が微笑するのが解った。
それは言うなれば、勝利の笑み。
「おめでとうございます。守丘 緋弓さん。社長の目に狂いはなかった。」
その不穏な言葉に、漸く相手をじっくりと見れば、彼は良くウチの会社に来る男性で、やり手と言われている人だった。
(しまった!!嵌められた!!)
嵌める筈が、逆に嵌められていたのだと私が気付いた時には、もう全てが後の祭りだった。
「だから言ったのに・・・。」
バカな子ね、と、苦笑している知雪と、その見合い相手を目にした瞬間、私はバタリと、その場で失神と言う名の現実逃避をしたのだった。
あぁ、神様、あなたはあんまりです。
お見合い相手の名前を変えました。