・結婚準備-3
結婚指輪を購入する為に婚約者と訪れたジュエリーショップ。
そこで俺は、以前付き合いがあった女と遭遇してしまった。
女の横には、如何にも稼いでいる様な風貌の男がいたが、その男は、俺の横に立っていた彼女を見るなり、きょとりと瞳を間抜けに開き、そして、自分の横に立っていた女から離れ、彼女の両手を嬉しそうに握った。
「久しぶり、緋弓ちゃん。元気だった?」
「ぇーっと?」
「あ、酷いな。ひーちゃん、僕の事忘れちゃったの?」
曰く有り気に歪められた彼のその表情に、彼女、――緋弓は、途端、ゲッ、と呻き声にも似た声を上げ、俺の背中を盾に隠れた。
どうやらその様子からかなりの苦手人物だと推測できるが、所詮推測は推測。
事実は当人達にしか解らない。
「なーにが僕よ!!善人ぶりやがって。アンタみたいなお腹も心も真っ黒気なオトコなんて滅んじゃえばいいのよ!!この悪党が!!」
「うんうん。相変わらず僕のひーちゃんは素直じゃなくて可愛いね。だから余計従わせたくなっちゃうんだよね。どう?今夜あたり久々に。」
「はん?アタシに勝負を挑もうってワケ?あれから何年立ってると思うのよ。この腹黒野郎が。」
あからさまな挑発をされ、その挑発にまんまと乗せられた緋弓は、隠れていた俺の背後から出て悔しげに地団太を踏み、そこでようやく、彼の同伴者を見て、にやりとあくどい笑みを浮かべた。
その笑みは、今まで一度も俺には見せた事のない表情で、好戦的な光が瞳に宿っていた。
そして。
「負けたらその人の前でアタシに土下座。それなら受けて立つわよ。――瀧」
「――ほぅ。なら、俺は絶対お前を鳴かせてやる。」
互いに睨み合い、効果音が聞こえるのなら、二人の間には蒼い稲妻付きでビシビシと鳴っていた事だろう。
仮にも俺の婚約者に喧嘩を売った男は、緋弓の返事に気を良くしたのか、愉悦的な笑みを浮かべ、そこで初めて俺に儀礼的に頭を下げた。
「どうも、初めまして。成平 瀧です。貴方のお噂はかねがねコレからお聞きしてますよ。」
コレ、と、言われ、紹介されたのは、過去に俺と付き合っていた、金と権力と見栄、そして自分の美醜にしか頭になかった、煩わしい女・伊達 加南子だった。その加南子は、俺と視線を合わせるなり、申し訳なさげに深く頭を下げ、以前の事をこっちが引くほど謝ってきた。
そんな俺達のやり取りを見ていた緋弓は、加南子に同情の眼差しを向け、彼女の肩を軽く撫でていた。
加南子は加南子で、緋弓に何か通じるものを感じたのか、別れる時にはメールのアドレスを交換し合っていた。
加南子は性格と思想のせいで、同年代の友人はいなかった。
いや、表向きはいたのだろうが、それは所詮上辺りだけの付き合いだったようで、真の友人はいなかった。と言うのが正解かもしれない。
「加南子さん、可哀想・・・。あんな腹黒鬼畜野郎に気に入られちゃったなんて。もう加南子さん、逃げられないよ・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「はぁー。あんな奴が、あんな奴が、私の―――だったなんて・・・。」
その呟きは小さ過ぎて聞こえなかった。
だが、それは彼女にとって忌まわしい過去だと言うのは聞かずとも判った。
その時、苦いモノを飲んだ様な気分になったのは、どうしてなのか、その時の俺には理解出来なかった。
ただ俺以外の男の事を想い、考えている彼女が面白くない、と、その時から俺は感じめていた。




