・結婚準備-2
――ここで結婚式は絶対挙げない!!
そう叫んだのは、確かに彼女だった。
彼女の筈だった。
でも今の彼女は、それを大変後悔しているようだった。
彼女は今、ドレスのデザイン画を見ては溜息を吐き、自分の通帳と睨み合うと言う行いを繰り返している。
結婚資金は彼女の希望もあって、折半となった為、結婚するに伴い退職した彼女にとって、予算的に厳しいのだろう。こちらとしては全額を出しても構わないのだが、それはそれで彼女が嫌がる。
「奏詩、奏詩ならどうしてた?あそこで我慢してた?それとも私に賛成してくれた?」
物憂げな彼女の呟きは完全なる独り言で、その呟き相手は、今はこの世には存在しない。
死してもなお、彼女の心に存在し続ける男。
その男は数いる従兄弟達の中で、唯一気真面目に働き、将来は一族を出て、付き合っている彼女と結婚するのだと、帰ってきたらまたプロポーズするのだと笑っていた。
でもそれはもう叶う事は無い。
彼は任地での仕事中に、部族同士の争いに巻き込まれ、死んでしまったのだから。
過去の男に縛られている女は今を見ようとはしない。
自分は生きていると言うのに、過去にだけ想いを馳せる。
そんな女は、権力と金と色にだけ頭がない、虫けら共と同類だ。
込み上げてきた苛立ちは、出口をもとめ、俺の中で荒れ蠢き、今にも噴出しそうだった。
が。
「でもね、派手婚はどうしても肩が凝りそうで嫌なの。そんな我儘言うのもダメなのは判ってるのにね。せめて結婚式ぐらいは身内だけでしたいなぁー。」
でも、仕方ないよね。
だって、私の結婚する人は社長なんだからさ、と、諦めたように彼女が呟いた時、彼女が決して過去に縛られ続けているだけではないのだと知った。
彼女は彼女で、俺との結婚をちゃんと考えている。
ただ、昔の恋人を忘れられないでいるだけで、前を向いている。
「良し、ここは一丁、私が折れてやりますか。」
通帳を閉じ、それを鞄にしまい込んだ彼女は、スクっと立ち上がり、自分の両頬を喝を入れる為に叩き、こちらへと振り返り、顔色を真っ赤にしたかと思いきや、瞬時に真っ青に変え、そしてまた真っ赤に染め戻した。
「帰るぞ。指輪見に行くんだろ?」
それにあえて触れずに、さり気無く手を繋げば、彼女は益々顔を真っ赤にしていた。




