・替え玉で行こう
普通バレルよね?
涼雅 聖、36歳。
職業、涼雅ウェディングプロデュース株式会社の二代目若社長。
家族構成は現在、都内の某高級マンションで気ままな一人暮らしだが、両親と兄二人が健在。
「何コレ。面白い冗談」
翌日、昨夜の件を事細かく愚痴り、押しつけられた見合いの釣り書きを見せれば、我が友人殿は、そのたった一言で全てを切り捨てた。
流石は雪女と渾名される彼女である。
その鋭さとさっぱりとした言動に助けられる人もいれば、逆に傷つき、勝手に恨む人もいる。
今の私は、ちょっと傷ついた。
「で、どうするの?逢うの?」
「まっさかぁ~。会うワケないじゃん。」
口の先を尖らせ、休憩スペースのテーブルに突っ伏すようにすれば、上から「じゃあ、どうするのよ」、と、些か面倒臭そうな声が降ってきた。それを待っていた私は、一枚の写真を持っていたバッグから取り出し、テーブルの上に置き、それを紙カップを錘にして、固定した。
「営業の明智さんじゃない。この人がどうかしたの?」
写真に写るは、ウチの会社で女豹と言われている生粋のハンターで、男は自分の装飾品で、高給取りであればある程、その人の前では脱帽並みの演技をしてくれ、それで借金塗れになった獲物の男は星の数ほど。
でも、今回の相手は社長なのだから、バレないように上手くするだろう。っていうか、上手くして貰わないとこっちが困るのだ。うん。
「まさか、替え玉でもするつもり・・・?」
ほとほと呆れた、と、言うように肩を落した友人に、肯定の笑みを向ければ、友人は小さく、バカなの?と、呟いた。
「だいたいあっちも写真を見てたらどうするの?」
「見てるわけないよ。だってアッチは社長だよ?忙しくて写真なんて見てる暇なんかないでしょ。」
「でもねぇー」
「大丈夫だって、バレないバレない。バレル訳ないって。」
こんなオイシイ物件(私からすれば超マズイ物件だけど。)、逃がすほどあの明智さんはバカじゃない。
この物件を手に入れれば、一生安泰なのだ。絶対にあの手、この手を使ってでも手に入れるだろう。
親が結婚して欲しいと思っているのは痛いほど伝わっているし、解ってる。
私も時期と相手が合えば、結婚しても良いかなとは思うだろうけど、それは今じゃない。相手もこのヒトじゃない。
「・・・、知らないわよ?バレたって、知らないんだから。私はもう助けてあげられないのよ?そこんところよく理解してる?」
「理解してるし、良く解ってる。知雪に迷惑は掛けない。」
心配してくれる友人を安心させるように、この10年間で鍛え上げたスマイルを浮かべれば、説得を諦めたのか、それとも疲れたのか、「好きにしなさい」と、折れてくれた。
だから知雪は好きだ。
最後の最後はいつも折れてくれる。
それを他人事だから、と言う人もいるけど、それは違う。
知雪は本人の自主性を大切にしてくれるのだ。
「で?お見合いはいつなの?」
「うん?今週の土曜日だよ?」
こてん、と、首を傾げれば、知雪は渇いた笑い声を漏らした。
それをみて、どうしたの?と聞こうとした時、休憩時間を知らせる携帯アラームが鳴った。(交代制だから基本的にウチの会社はベルが鳴らない。)それを忌々しく思いながら、ごめんねと知雪に謝り、紙カップに残っていたジンジャーティーを飲み干し、写真を鞄に仕舞い、帽子を被り、手袋をはめ、最後に口紅を塗りなおせば、受付嬢(お局)の私の出来上がり。
今日は遅出だから、知雪とは一緒に帰れない。
それを少し寂しく思いながら、私は手を振り、仕事へと戻った。
まさか、あんな処で会うとは知らずに・・・、ね?
こ、腰が・・・っ!!