・結婚準備-1
とある理由と諸事情が幾つか重なり、仕方無しに見合いしたのが今から約三ヶ月前。
その見合い相手は、何の因果か、大学時代の後輩の妹で、母方の死んだ従兄弟の恋人だった。
「もう面倒だからチャペルだけで良いよ。披露宴なんて疲れるだけもん。ご飯も食べれないし。」
「ですが守丘様、」
「私が良いって言ってんだから良いの。それとも何?此処は客がそれで良いって言ってんのに、サービスの押し売りをするのが主義なワケ?」
社員の教育間違ってるんじゃないの?と、あからさまに喧嘩を売られるのは、実はこれが初めてではない。
年内に、しかもなるべく早めに結婚式を上げて欲しいと言う祖父母の願いを聞き入れる為、お見合い直後から繰り返されているやり取りに、先に我慢の限界を迎えたのは、彼女の方だった。
最初は愚痴程度だったそれは、打ち合わせ回数を重ねる毎に次第にエスカレートしていった。そして今日は遂に逆上して、キレた。
付け焼刃の令嬢スタイルもかなぐり捨て、不機嫌も露わにウェデイングプランナーに噛みつく彼女は、普段より数倍生き生きとしていて、見ているこちらもスッキリする。
とにかく、断固として披露宴はしない!!と言い張る彼女に対し、新郎でもあり、自社の社長の結婚式でもあると、新婦である彼女を必死に説得しているプランナーは果たして気付いているのだろうか。
結婚式の主役はあくまで新婦であり、披露宴に招く客ではない。
それが如何なる客が相手でもだ。
いくら利益が見込めようが、客が望まなければ、それは傲慢なるサービスの押し売りとなる。
結果としてそれを仕方無しに渋々と受け入れ、不愉快な気分になった客がそれを誰かに話せば、会社の評判は落ちる。
「ですから、新郎様は我が社の社長でして、守丘様だけの結婚式ではないのですよ?」
「だーかーらー、私は社長と結婚するんじゃなくて、涼雅 聖って言う男と結婚するだけだって言ってるでしょ?その頭の中、ちゃんと脳みそ入ってんの?詰まってんの?」
相当腹が立っているのだろう。
婚約者に選んだ彼女は、今にも爆発寸前だった。
その証拠に、爪を噛み、髪をやたらと掻き上げている。
(そろそろ、限界か)
そう思い、声をかけようとした瞬間。
彼女の怒りは頂点を迎えた。
バキッと不吉な音がフロアに響いた途端、彼女は遂に会社にとって最悪な一言を言い放ち、怒りも冷めやらぬ感じで、一人で帰って行った。
後に残されたのは、無残にも真っ二つに折られた鉛筆と、自分の提案に頷かなかった客を睨みつける、元社員のウェデイングプランナーと、(彼女はたったの今を持ってパートに降格にすると決めた。)置いてきぼりを食らった俺だった。




