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・真夜中の口喧嘩

 なんだか苛々する。

 物凄くムカつくし、腹が立つ。


 時計を見れば時計の短針は10と11の間を指し、長針も間もなく10を指そうとしている。

 外を見れば、空には数えきれないほどの星が瞬き、月は月でほの白く光り輝いている。

 普段ならば既に寝ている時間だけに、なおさら気分も悪い。


 ――一体いつ帰ってくんのよ。あの男は。


 リビングのローテーブルの上には紙切れが、その紙切れの横には小切手が置いてあり、その小切手には0が7つも並んでいる。


 つくづくあの男は理解できない。

 女には不自由していないクセに、お見合いして婚約して婚約。なのに、時々女と遊んで帰って来る始末。 一体あの男は何がしたいんだろうか。


「全く、寝ないで待ってる健気なアタシの身にもなってみろってのよ。」


「ほーぅ。それがいつも大量の仕事で疲れて帰って来る、仮にもお前の旦那になるだろう男に対する態度か。」


「・・・、それはそれは。御苦労サマなこって。」


 独り言に返事が返ってくれば、誰だって吃驚するし、驚くだろう。

 でも、それを気取られたら勝負は私の不戦敗。

 だから、私は辛うじて横柄な声を絞り出した。


 普通結婚間近な男女が二人暮らし、となれば、ラブラブで、熱々な雰囲気が乱れ咲くだろうが、生憎と私とこの男は契約結婚。


 そんなウフフフ、アハハハンな如何にもピンクな空気にはならない。


 バサリ、と、上等なスーツのジャケットが放り投げられ、まだ濡れている私の頭に降って来る。


 

 ムムッ、また安っぽくて下品な香水の匂いが!! 



「珍しいな。お前がこんな時間まで起きてるとは。明日は季節外れの霰か霙が降るな。」


「そっちこそ、遊ぶ女のランクが下がったんじゃない?明日と言わず、今からでも槍が降るんじゃない?色男さん」


「女?あぁ、新作の香水の事か。やはり安い匂いか。」


 私の嫌味をサラリとかわしたかと思いきや、婚約者の男――えぇぃ、一々七面倒臭い。男・奴、を改め、聖と言う男は、こんな真夜中だと言うのにどこぞへと電話を掛け、いくつかの指示を出すと、そのまま寝室へと行こうととした。


 ちょっと待ちなさい。

 流石にそれは無いでしょ。

 折角帰ってきたんなら、お風呂くらい入れってんだ。


「待って、まさかそのまま寝るつもり?そんな事許されないわよ?さっさと入ってきなさいよ。烏の行水でも良いから。」


 放り投げられたスーツのジャケットを右腕に掛けながら、聖の腕を取れば、どういう事か顔を歪めた。

 ここで普通のご令嬢なら、その歪められた顔を見て腕を離しただろうが、私は離さなかった。

 何故なら、その歪められた表情を昔にも何度か見ていたから。


「――ここに座ってて。今、手当てするから。」


 全く素直じゃないんだから。

 でも、そんな所が・・・。


「って、そんな所が何よ!!」


「おい、近所迷惑だろ。時間を考えろ」


「っるさい、アンタは黙ってろ!!」


 

 突如として湧き上がってきた感情に頬を火照らせ、ドスドスとフローリングを踏み鳴らしながら、私は聖の言葉を撥ね退け、救急箱を取りに行く為、リビングを後にした。


 そんな私の後ろで、聖が目を細め、声を押し殺し、笑っている事も知らずに。


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