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・エリートな義兄様とデート

 婚約を機に仕事を辞めた私には、腐るほど時間が有り余っている。と言う事で。私は廉さんと弓子お姉の夫婦生活を死守する為、廉さんとデートをする事にした。


 こう言う時だけは双子の様に、弓子お姉とそっくりに産んでくれた母に感謝すべきだろう。私と弓子お姉の見た目は髪の色以外そっくりだけど、唯一違う所ががある。


 それは女としての妖艶さと魅力。それをカバーすべく、鬘と化粧でなんとかする。


「良し、とりあえずこんなところかな?」


 夕方からバッチリメイクをして、ウィッグを被り、最終確認の為、全身鏡で自分の今の姿を見る。昔は良くそっくりな処を利用して遊んでいたけれど、私が就職してからはそんな暇は一切無くなった。だから今鏡に映っている私は正直微妙。微妙だけど、お姉にはそっくりだと思う。


 最後の仕上げにと、お姉が普段から愛用している香水を耳の裏と手首、そして髪に吹きかけ、サングラスをかけ、鞄と鍵を持ち、堂々とマンションの管理人がいるカウンターの前を通って外に出て、電話で呼んでおいたタクシーに乗り、待ち合わせ場所の喫茶店に行けば、もう廉さんは待っていた。それを見て、急いでタクシーの運転手さんに料金を支払い、廉さんに駆け寄れば。


「先生ッ、」


「・・・ッ、緋弓ちゃん?」


 何に驚いているのか、廉さんは何度も目を瞬きさせ、私をジロジロと眺めまわしている。それがおかしくて、私はつい癖で廉さんに抱きついてしまった。


 昔から私は楽しくなると人に抱きつく変な癖があった。それを窘めてくれたのが、奏詩だった。人前で抱きつくな、自分が女であると自覚しろ、と。


「そうだよ。でも、今は弓子って呼んで?」


 ふぅーっと、耳に息を吹きかけながら言ってやれば、廉さんの首が一気に熱くなって、おまけに赤くなった。


 おぉ、流石弓子お姉直伝のテク、効いてる!!


 これでぺろりと耳でも舐めてやれば、廉さんはイチコロだって弓子お姉は言ってたけど、それは流石に遠慮しておく。


 幾らお姉公認の偽デートとはいえ、調子に乗り過ぎてしまえば、財布に痛いペナルティーを受けてしまう。


 それらを思い出し、充分反応を楽しんだ私は、廉さんから離れ、手を差し出した。その差し出した手を廉さんは握りながらも、まだ顔色は仄かに紅い。


 あぁ、弓子姉。弓子姉が廉さんに惚れたの解ったような気がする。大人なのにこの擦れてない反応。可愛くて仕様がない。確かアイツも同じくらいの年齢だと言うのに、この違い。


「緋弓ちゃん、その目も止めてくれるかな?弓子じゃないと解ってても変な気になるから。」


「もぅ、我が侭なんだから。でも今の私は『弓子』よ。『緋弓』は妹!!判った?」


「判ったから。判ったからそんなに見ないでくれ。」


 真っ赤かな顔で懇願してくる廉さんは本当に可愛かった。だから私は自然と頬が緩み、微笑みを浮かべていた。


 奏詩もこうだった。


 じっと顔を見るだけでいつも照れていた。

 変な所で頑固で、照れ屋で。

 そして、情熱的で。


「フフフ、好きよ。愛してるわ、廉。」


 常にない、私の意地の悪い仕打ちに廉さんは降参したらしく、気を取り直し、とある居酒屋に私を連れて行き、その店に入るなり、店員さんに何かを確認すると、座敷に案内された。


「此方でございます。」


「ありがとう。」


 案内された座敷には、既に数人の男女が揃っていた。どうやらこれが世に言う合コンらしい。にしても。


 フ~ン?随分と良い度胸してんじゃないの。この外郎が。

 

 サングラスで遮られている私の鋭い視線の先には、無二の親友の婚約者であるはずの外交官がいた。しかもかなりでき上がっているらしく、顔色も紅い。


「どうした、弓子。西嶋がどうかしたか?」


「いいえ?どうもないわ。ただ知り合いに似てるような気がしただけよ。」


 湧き上がる怒りをなんとか宥め、掛けていたサングラスを見せつけるように外せば、それを見ていた人は、ハッと息を飲み込んだ。


 その反応も当然だと思うのよね。


 何しろ弓子お姉のメイクをした私は、色気がムンムンだと思うから。


 流れるような艶やかな黒髪(鬘だけど)に、ぬけるような白い肌。そして艶やかな紅い唇に、出てる所は出て、引っ込む処は引っ込んでいる、完全なメリハリボディ。


 こんな所でエステの効果を役立たせる事が出来たのは、予想外だったけれど、結果が良ければすべて良し。


 ふん、この完全なる『弓子』お姉バージョンに勝てる女なんているワケがない。それでも見せつけるように廉さんの隣に座ったのは、例の後輩ちゃんがいたから。(実は事前に後輩ちゃんの写真は見せて貰ってたのよね。)


「おい、廉。それが件のお前の妻か?」


「あぁ。連休三日取ることで来て貰った」


 廉さんは座った途端、早速絡まれていた。


 あははは、良いオトコはこれだから大変だよねぇ。

 好きでもないのにオンナノコに好意持たれちゃう上に、野郎共からは僻まれちゃうんだからさ。


 そんな事を思いながら廉さんを見ていると。


「あれ?誰か帰ったのか?」


「いいや、これから来るって、さっき連絡があった。廉も聖に会うのは久々だろう?」


「聖?聖が来るのか?」


 未だに空席のままだった席の話題になると、廉さんは興奮し始め、私は何故か嫌な予感を感じ始めていた。そして大抵、私のその嫌な予感は当たる。


「久しぶりだな、廉。」


 恐ろしいほど人を魅了する声。


 私をギッと今まで睨んでいたあの解りやすい後輩ちゃんも、その声には抗えなかったらしく、顔を上げ頬を染めていた。


 嫌だ、いやだ。

 どうか誰か嘘だと言って。


 けど、私の僅かな願いも虚しく。


「具合でも悪いんですか?」


 身体を案じられるような言葉を掛けられたからには、逃げるワケにはいかなかった。


 えぇぃ。女は度胸!!


 私は覚悟をして顔を上げにっこりと微笑んだ。


 この時の私が、どんな顔だったのかは解らない。だけど、アイツの顔つきが変わっていたから、相当酷かったのだと思う。

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