第八夢 香り高き洗浄(洗浄) ~ 篭の中の小鳥と路傍の花 番外編 ~ プロローグ
チーアが持ち込んだ謎の石、「石鹸」をめぐり、
慈愛神殿で騒動が起きる……。
ファンタジー世界にお風呂を作るお話です。
プロローグ~ある神官長の独白~
……始まりは下級神官の一人が持ち込んだ白い石でした。
まさかこの石が、どの記録にも残せない壮絶な争いを産むなど、
このとき、神ならぬ私達に予測できるはずはなかったのです。
「……この石をお湯に溶かして布でこすると身体を綺麗にする泡が出るそうです」
そういって先代の最高司祭の弟君は姿を消した。
若くして立派で高潔だった先代の最高司祭と違い、口は悪い、喧嘩の手は早い、仕事はしない。
読み書きをおぼえようとしない。冒険者の仲間などをやっていると最悪の問題児である。
唯一の良いところは女に興味がないくらいのものだったが、
先日未成年の下級神官を自宅に囲い込む騒ぎを起こした。
……調査の結果、罰を受ける下級神官をかばっての行動で、
やましいことは何一つしていないそうだ(伯爵家の跡取り息子まで出てきて証明した)。
しかし、其の間、とあるクッキー屋やスラムの医者宅に寝泊りしている事も判明している。
先代の最高司祭の父君の仲介がなければ外部に漏れる大騒ぎになっていたであろう。
そんな彼だが自分の立場を理解しているのか居心地が悪いのか、あまり神殿には顔を見せない。
時々怪しい品々を持ち込むが、今回はその最たるものだった。
「身体が綺麗になる石」。
そんなものがあったら下級神官たちがいかに喜ぶか。
彼は久しぶりに顔を出したかと思うと信じられない悪臭を伴ってやってきた。
服も木繊維で出来た乞食のような貫頭衣で見れた姿ではない。
すかさず、下級神官や神官たちの母親代わりを買って出ている二人組。
神官カレンと侍祭位にあるジェシカ。このうちジェシカが彼に風呂に入るように厳命した。
男物の服を用意しつつ、ジェシカは「そういえばもう男が入っていい時間を過ぎていますね」と思ったが、
事前に通達しておけばそれほど問題にはならないだろうと考え直し、彼を風呂に案内した。
風呂から戻った彼はカレンをからかうと、
何を思ったか「身体が綺麗になる石」とやらをカレンに渡した。この石が曲者だった。
「身体が綺麗になる石」。
そんなものが存在するなど、また存在したとしてもあれほど絶大な効果を発揮するなど、
誰も考えなかったし、説明されても信じなかったのである。




