エピローグ。 謎の花の香りで心を癒せ
「あのさ、その石……石鹸がそんなに効果あるのかよ? 」
レッドが胡散臭そうに俺を見る。
「ああ。肌は綺麗になるし、髪もつやつや。
オールドミスが若返り、その芳香に野郎どもは振り返りまくりさ」
俺は胡散臭いと自分でも思う薬効をつらつらと並べ。
「疑わしいと思うなら、こっちにサンプルの小さいのあるからやる。試して来いよ」
といって、二人を追い出してテーブルに座りなおした。
ふう。一息ついて薬草茶を口元に運ぶ。
テーブルの上に誰がおいたのか白い地味な花。
荒くれどもの集う店には場違いなやさしい花を見ると何故か安らぐ。
……ドミニクだが。
自分と他人を間違えた隊長を叱り飛ばしたものの、寛大な処置で済ませた。
あの隊長は多少厄介な『使命』を受けることとなった。
神の意思に反したとかで聖騎士たちは今回の件を猛省しているらしい。
ドミニクも今までのやり方を見直すつもりだとか。
あと、実権がまったくない聖女の仕事だが、ある程度は権限を行使するようにするらしい。
もっとも、聖騎士に向けて『聖戦』なんぞ使うのは正義神殿からみては大問題で、
おまけに普通の人々が『神の声』を聞いてしまったとの事でしばらく動けないそうな。
そりゃ、まぁ使途でもない連中が上層部にいる正義神殿からすりゃ、
「手前らのやり方は糞だ」と仕えているはずの神様自身に民衆の目の前で叱責されたのも同じで、
もみ消しに必死になるのも理解できる。珍しくうちの高司祭さまに謝罪に来たし。
隊長たち聖騎士は俺たちを殺しかけたので(実際、彼女がいなければ俺たちは死んでいた)、
隊長達曰く謝罪の言葉もないと言う話だったが俺らは特に気にしなかった。人間間違いはある。
合わせる顔がないという彼らに代わって謝ってきたドミニクだが、
俺は黙って彼女とロー・アースの手を握らせた。まぁその。がんばれ。
慈愛神殿だが。
大騒ぎの責任を取りたいと神官長のカレンが退職願いを泣きながら提出する騒ぎになったが、
普段彼女に世話になっている俺たち下級神官や神官、上層部……ようするに全員の猛反対に合い、
『実力に応じた仕事(司祭)を三ヶ月行い、神官長に降格』という寛大な処置で済まされた。
本来神官長という役職はうちの神殿には無いので、これ以上降格はできないらしい。
あと、正義神殿と一緒に石鹸の製造に着手(これはドミニクの入れ知恵もある)。
かなり安く一般に提供できそうだ。
奉仕活動でゴミだの汚物だのの処理を行う下級神官たちは本気で喜んでいる。
俺?よくわからんが「神官に昇格後、下級神官に降格」だそうだ。
まぁ騒ぎを起こしたのは事実だしな。カレンには頭が上がらん。
なんで昇格と降格同時なのかは本気でわからんが、石鹸は革命的な商品だからだそうだ。
あと、奇跡を使える『使徒』が下級神官のままなのはおかしいのでって理由だそうだが、
勝手にあげて戻すならそのままにしとけって話である。まったく組織ってのは厄介だ。
あと、正義神殿と聖騎士たちの謝意の代わりにとして、正義神殿と合同で大規模な風呂を作る話が出ている。
こちらが石鹸を貸与し、各ギルドや貴族様方や各神殿が運営費用を負担する形で、
事実上市民に開放された施設にするらしい。下級神官はみな大喜びしている。
もちろん、名高い慈愛神殿の美女達と混浴だと思い込んでいる莫迦ども……もとい出資者の皆様のおかげである。
奴らは金を取られたあとで契約書を見て泣くのだろう。高司祭さまはやり手である。
あの母子だが、エイドさんがララさんに商家の家庭教師の職を斡旋した。
まじめで上品なので雇い主は喜んでいるそうだ。
特にローラは……まぁここでは触れないことにする。なかなか面白い事になったが。
あのスリの少年と彼を養っていた孤児院の老婆だが。
……何故かあの少年は正義神の聖騎士見習いになるそうだ。
「腕を切り落とされたいか首を切り落とされたいか」「どっちにせよダメじゃねぇかっ!」
とか何とか言うやり取りを隊長さんとした挙句、隊長さんの周りで暮らすこととなったらしい。
糞餓鬼を立派な聖騎士に更生するという隊長さんの『使命』達成は遠く果てない。
老婆が一人でやっていた孤児院はワイズマンさまの御実家の伯爵家の援助を得た。
餓死した子たちも浮かばれるだろう。
最後に俺たちだが。
何故か糞壷の改良の功労者として称号を受ける羽目になりかけ、謹んで辞退した。
新しい糞壷とともに石鹸は国王陛下に絶賛され、多額の援助金が出たそうだが。
……あの喧嘩がなければなぁ……。
あの喧嘩で破壊された露店や商品の弁償金。
先日下水道に侵入した際に生じた装備の修理代、洗浄、俺では手が足りない『浄水』の代金。
ぜーんぶひっくるめたらトート先生からもらった報酬はパァになってしまった。
まぁ、死ななかっただけマシだよな。うん。
私闘なんかしてごめんなさい。神様たち。
愚かな人間をお許しくださってありがとうございます。
……。
「いくらだっ? 」「いくらなのっ? 」
……周りが騒がしい。どうも二人とも帰ってきたらしい。
うわ。キラキラしすぎ。ふたりとも美形度あがりすぎ。うちの司祭さまかよ?
「銀貨三百枚な」「ひでぇ!!! 」(本当は三十枚だけどな)
「安いっ! でも高い! 」「うううっ! ほしいっ! 」
俺は真剣に悩む二人をからかいながら窓の外を見た。
雲間から漏れる太陽の光を受けながら
白い小鳥が翼をはためかせ、何処かに飛んでいくのが見えた。
もし、郊外の森の中に小さな冒険者の店があったら、
迷うことなく俺達を指名して欲しい。
きっと、願いは叶うから。
ただし、『余計なオマケ』については自己責任で!
(Fin)
(次回予告)
「……始まりは下級神官の一人が持ち込んだ白い石でした。
まさかこの石が、どの記録にも残せない壮絶な争いを産むなど、
このとき、神ならぬ私達に予測できるはずはなかったのです」
神官長カレンの苦悩が今明かされる。
次回(100回記念含む)。
『幕間劇。香り高き洗浄(洗浄)
~篭の中の小鳥と路傍の花 番外編 ~ 』
お楽しみに。




