10 謎の乞食改め路地裏の聖女
「つまり、うちの高司祭さまに問題があるんですね」ご迷惑かけました。俺は頭を下げた。
「だって! だって! あんな綺麗になるなんて思わないでしょっ! 」俺も予想外。
「友よ。あれを使えばひねくれ者の我が家の妹も多分落ちる」「おまえを兄さんと呼びたくない」
「あわあわでたのしいよねぇ~」
いつも通りの仕事だった。病に臥した少女を癒してほしいと叫ぶ母。
信者たちの前で病を癒す奇跡を見せたドミニクは少女を清める儀式に「あの石」を使ってみたらしい。
「いくらなんでも汚すぎた」かららしいが。それでも。
……身体を洗い終えた少女はゆっくりと振り返った。その顔はドミニクにそっくりだった。
「で。間違われたと」あいつらアホじゃね?
「いくらなんでも……無能にも程があるな。母親は何も言わなかったのか? 」これはワイズマン様。
「私も母親もあの子も違うって言ったわよっ!!! 」キレるドミニク。
信じてもらえなかったあたり、普段どれだけ性格偽ってるのか判るな!!
「悪意しかわからんからな。聖騎士どもは」ロー・アースもあきれている。
「ばっかだねぇ♪ ばっかだねぇ♪ 」ファルコがまた謎の歌を歌っている。
「保湿効果や素敵な香りもありますからね。あの石鹸は。
美貌もさぞ跳ね上がるでしょう」先生は納得している。
「石鹸は? 」トート先生がドミニクをにらむ。
「あっ! あるわよ! ここにっ! 」ドミニクが懐から石を取り出す。
俺は彼女から石を取り戻し。
「よし。解決。慈愛神殿に戻ろう」
一件落着。
「ちょっと! 私はどうなるのよっ! 」
いや、関わりたくないし。
「……申し訳ありません。ご迷惑をおかけして」
「大迷惑よっ!」ん????
……ボロをまとっているが声からすると比較的若い女のようだが。
「娘は普通の人間です。聖女さまと違い、癒しの奇跡は使えません……できれば」
つまり、ニセモノさんの母親さんか。
「う~ん? 乞食するよりはいいモン食えそうじゃね? 」俺はそう思うが。
「……聖女様に申し訳ありませんし、他の皆様が困ると思います」
襤褸は着ているが心はなんとやら。こっちが聖女様ならよかったのに。
どうせ、病人なんて一日に何人も治せないしなぁ。
天然痘とか流行ったら聖女だろうと子供だろうと大差ないだろう。
「天然痘? ……先日チーア君に渡した薬で極めて安価に予防できますが? 」
先生、嘘いわないでください。
「ははは! 本当なら民がどれだけ救われるか! ……いくらですか? 」
ワイズマンさまの瞳がマジ怖いです。はい。
「まぁその」ロー・アースは苦笑した。
「デートしましょうか。お嬢様」「……」
……。
……。
「なんで俺たち、こんなことしてるんだ?」俺は頭を抱える。
服装を整え、石鹸で身体を洗ったニセモノさんのお母さんが俺を気遣ってくれている。
ちょっと年増だが、道を歩く男どもが振り返ること振り返ること。石鹸とやらの効果は絶大だ。
俺も試してみたがかなり綺麗になる。泡で遊びたくなる気持ちもわからんではない。
というか、ファルコに泡だらけの桶から目にしみるお湯かけられた。
最後はララさんとはしゃぎながら堪能してしまった。マジであれは危ない。危険物だ。
「次こっちの露店~!!! 」
大はしゃぎするファルコとドミニクに振り回されるロー・アース。
さすが伯爵家。町娘の服まで用意しているとは。
「あなたは男の子の格好をしていますが」ニセモノさんのお母さん……ララさんに答える俺。
「困ってないしなぁ」実際そうだし。
「ローラが心配です」
ローラっていうのはニセモノさんの名前らしい。……そりゃそうだが、乞食するより良いだろ。
というか、どうみても根っからの乞食には見えないが。
「政争に敗れた者の家族というのはこういうものです」生きているだけマシらしい。
つまり、お嬢様出身の乞食さんが、乞食出身の聖女さまと入れ替わってしまったということか。
「はぁ……どうしたもんかねぇ? 」
「……夫に先立たれ、物乞いをしながらもあの子のためにと」
ううう。そういうの弱いんだよなぁ。
「あ、あれならワイズマン様のところで雇ってもらったらどうでしょうか? 」
「……死んだほうがマシです」震える声で答えるララさんに俺は何も答えられなかった。
「じゃ、じゃ、いいところありますよ? 冒険者の店でみなガラ悪いけど、いい人ぞろいのとことか!
あ、そういうのが駄目ならドワーフの村でいいところがっ!
あと、あれだ。ちと住民の見た目がひどく変わっているけど、掃除してくれる人募集しているとことか、
子供の世話を募集しているとことかっ!」
……子供の世話をした冒険の話は、後日に語る。
「……貧しいというのは病気ですね」はぁ?
「一番恐ろしいのは心が貧しくなることです。獣のように自分のことしか考えられなくなるのです」ふむ。
「……そうすると、お仕事ができなくなると思います」つまり、貧乏人は一生貧乏と。
「そこまでは言いませんが」ララさんはため息をついた。
「卑屈で惨めで悲しいのです」
憂いを湛えた瞳が雲で覆われた空を見つめていた。
「だから、私が教えられることはすべて娘に教えたつもりです」ふむ。
「悲しいとき、路傍の花を見て美しいと思える心の持ち主であってほしいと思います」
……遠くでファルコたちが楽しそうに騒いでいる。
路傍の花かぁ。俺は道端に咲く小さな白い花に目をとめた。
なぜか高司祭さまを思い出した。あの人にはこういう花が似合うだろうな。
「こらっ?! 邪教徒??! 」急に両目を塞がれる。
「あらあら。聖女様ごきげんよう」ララさんの明るい声。
「ララ。迷惑かけてごめん。私はもう大丈夫! 」ケタケタと笑い声。現金な奴め。
「どにみくちゃんどこ~? 」「ドミニク! 」「みーつけた! 」「あっ! だましたなっ! 」
お前ら隠れん坊してたのか。
「ろう、ワイズマンのお兄ちゃん。次はどにみくちゃんが鬼! 」「ドミニク! 」
……なんというか、すごい光景だな。
「あ~! こっちのチーアが鬼になってくれるって! 」おい。巻き込むな。
「では私が」ララさんが立ち上がる。
「10数えたら追いかけますから、皆さん逃げてくださいね」
俺も? と自分を指すと頷かれた。
「市場から出た人は反則! 」「はーい!! 」
ケタケタと笑いあいながら俺たちは子供のように夕方まで遊び通したのだった。




