9 謎の乞食
「……とはいえ」キラキラの神殿を前に俺はため息をついた。
「あん中の聖女に接触して石ひとつ取り返してくる。か……」???
「むずかしいのなの!!! 」 !!!!
「おっ!お前らなんでここにいる???!! 」
ロー・アースとファルコが何故かいる??!
「トート先生から頼まれたんだが」「なのの!! 」情報伝達はやっ!!
「私もいるぞ? 」ぎょ???!! ワイズマン……様??!
「……あれが正義神殿の手に渡ったら我が家の損失だからな? 」……すんません。
「と、いうか」「ああ。父上からこの一件を解決できなかったら『知らん』と言うと言われたよ」
うううううううううううううううう。ごめんなさああああああいいい!!!!
「まぁ、失敗しても首が5つ並ぶだけだ。たいしたことではない」???
つまり、一族郎党全員斬首から俺たち4名とワイズマン様だけになると。
「……微力ながら全力を尽くします」
「お前が告げ口して回ったのか」
「いたいいたいいたい~~~」ファルコの耳を引っ張る。
つまり、俺の脚に追いつく事ができるコイツがいなかったのは皆に知らせて回ったからか。
耳を押さえて涙目のファルコ(何故かロー・アースの脛に噛り付いている)を無視してロー・アースに聞く。
「聖女の容姿は? 」俺には基本的な知識がない。
つか、警戒厳重な正義神殿の最奥にどうやって高司祭さまは入り込んだんだ?
「実年齢24歳。外見年齢12歳。金髪だが地毛ではない。碧眼だが魔導の力によるものだ」ほう。
ロー・アースは無言でファルコの首根っこをつかんではがすと、抱っこして持ち上げる。
抱き上げられたファルコ。振り返って俺と目をあわす。
「ちょっと気は強いけど、悪い子じゃないよ? 」
お前は何故会ったような台詞を吐くのだファルコ。
「ふむ。恋のライバルだな。チーア君」どうしてそうなるんすか。ワイズマン様……ん???!!
俺の視線が腐った魚のような目の持ち主の眼と合う。まさか。
「……コレ???!! 」「その通りだが? 」
ワイズマン様。あっさり肯定しないでください。
「こんなんが好きなんて」俺はロー・アースを指差した。
「眼腐ってるんじゃね? その聖女とやら」いやはやマジで。
「……チーア君は面白いな」ワイズマン様は楽しそうにしている。
「そもそも彼女とは先日会っただろう。チーア君」 ????
「あの鎧の娘だ」
……人を乞食よばわりしたあいつか!??
乗馬していたから判らんかったが確かに小柄だったかも?
「つか、お前らどういう関係?? 」わりとマジでどういう人脈なんだ?
つか、キラキラした瞳の子供モドキと美形度2割増のロー・アースが逢い引きしている光景を想像してしまった。スンゲー気持ち悪い。
「友と聖女の間柄か?深夜に魔法の絨毯に乗ってデートに出かける程度の関係だな」
……聖女って言っても意外とお盛んだな。
「……適当な事いうな」
ロー・アースはやる気なさそうに彼自身の額を押さえながら話す。
「……以前彼女が病に臥してどうしようもなくなったことがあったんだ」
はぁ、正義神の使途、それも聖女なら手前で治せばいいのに。
「いかな祈祷も薬も効かず、医者も匙を投げた病を治したのがわが友なんだよ」はいっ??
そ、それは正義神殿の騎士になってもおかしくない栄誉なのではっ???!!
「童話を書いて読んでやっただけなのだが」はいっ????!!
「ついでに私が貸してやった絨毯で夜空の散歩を」「アレは助かった」は、はぁ?
「そして例によって惚れられたと」「……適当なことを吹き込むな」……。
「……それを振ったと」
腹が立つ奴だとは思ったが。おまえなんか嫌いだとかいくらなんでも。
「そーなるな」ロー・アースとワイズマン様は首を縦に振る。
「勝手だねぇ♪ 勝手だねぇ♪ 勝手だねぇ♪ 」
ファルコが正座して謎の歌を歌いながら頭を左右に振っているんだが……何をしているんだ?
「まぁ男女の機微をチーア君に説くのは不毛だが、破局の時は男が悪役になってやるべきだからな」
「つまりだ」ちょっと整理してみる。
「温室育ちの聖女様は、手前の都合で飯も食わない日々を過ごされて勝手に衰弱した挙句、
ちょっとニヒルで子供の扱いの上手なお兄さんにメロメロになって現金にもあっさり回復。
バリバリ仕事をこなすようになったかと思うと、
人様に喧嘩売りまくりの生意気な馬鹿餓鬼になってお兄さんに嫌われました??? 」
「「「……」」」」
正義神の信者たちの目につくと誰かが言い出し、俺達は路地のほうに隠れる。
「……もうすこしマシな言い方は無いのか」ロー・アースがバリボリ頭を掻く。
「すごく わかりやすい」ファルコがパチパチと拍手している。
「概ね、その通りだがね。
訂正すべきは温室育ちではない事、聖女の仕事だけで言えば歴代でも評価が高い事だな」
「あんなもん、瀕死の病に冒された貧乏人をクジで選んで適当にほじくり出して、
奇跡だ癒しだとさらし者にした挙句、身体洗って飯食わせて小銭渡して放りだすだけだろう。
見世物小屋だってもう少し楽しい興行するぞ」
「……チーア君。それが宗教というものなのだよ」
「お前は本当に面白いな」
「生きるも死ぬもクジ次第だねぇ~」
ワイズマンが呆れ、ロー・アースが笑い。ファルコがのんびりとキッツいことを言う。
「下級神官の身で宗教批判。チーア君は『マルティン・ルター』になれますね」
誰? それ? ……って先生……。
「では、『ジャンヌ・ダルク』はどうでしょう?
農村の少女でありながら神の啓示を受けて男装し、戦乱を治めた英雄ですが……。
末期は政治取引で敵方に引き渡された挙句、
処女であることを確認後、処女を殺すわけにはいかぬと強姦され、
未婚なのに処女ではない。男を惑わす魔女だとして焼身刑だったそうです」
……いらんわ。それよりその裁判官キチガイすぎるだろ。
「トート先生。いらっしゃったんですか? 」
「私があの神殿の近くにいると逮捕されます」
……臭いのは自覚しているらしい。
「とは言え、石鹸を作るのは正義神殿でも慈愛神殿でも良いのですよ。私としては」
「いや、こまる。我が家は一応、正義神殿を信仰しているが伝統的に折り合いが悪い」
「アレ、泡いっぱいでおもしろい」「安価で手に入るなら欲しいが」
「どちらにせよこの世界の人はあの小人さん達を除けば『苛性ソーダ』を自力で作成出来ないはずです」
ん???? なんか言ったか? この先生。
「かせいそーだ? 」「ああ。忘れてください」
小首をかしげるファルコ。ようわからんが秘密らしい。
「それより、どうやって侵入するのですか? 」
トート先生は楽しそうだ。
「あそこ(正門)からあるいてく!」……。
「ファルコ」「みゅ! 」
俺は前方斜め四拾五度に元気に手を上げて返事する彼の耳を引っ張り上げた。
「アホっ! 堂々と侵入する馬鹿がいるかっ! 」「いたいいたい~! 」
「夜を待ってお前の親父の魔法の絨毯で侵入するのが無難か?」
「友よ。今夜は月夜だ。目立つぞ」
ワイズマンさまとロー・アースがいろいろ策を弄しているがどうなんだ。
「ロー・アース」「なんだ? 」お前が謝りにいけばいいんでね?
一応聖女様の恩人なんだし、よりを戻す話ならアリじゃね? そう思ったがワイズマン様が否定する。
「私たちは病に倒れた聖女の慰めにと呼ばれた芸人や歌い手たちと入ったからな」う~ん?
「……自分たちの祈祷が効かなかったのに、
そこらの芸人や詩人のご機嫌取りで治りました。じゃ不味いだろ」ああ。なるほど。
うーん。八方塞だな。俺たちはため息をついた。
気がつくと乞食の子が俺らに近づいてきた。タカられても金なんかないんだが。
「ちょっと。ちょっと。そこの邪教徒」「うっさい。乞食にやる金はない」
ショックを受けたようにうつむく子供。なんだこの子。
ロー・アースが驚いた顔をしている。ワイズマン様も。
「……ドミニク? 」 へ???
「あ。どにみくちゃんだ」「ドミニクよっ! 覚えなさいっ! 」うん??
「……」
ロー・アースから視線を逸らすドミニク(仮称)。
「どうした? 何があった? 」膝を落として彼女の肩に触れるロー・アース。
さらに目を逸らすドミニク。
「……大嫌いだって」「言ったな」
震える声で話す彼女にあっさり答えるロー・アース。
「もう見たくないんでしょ? 私なんてっ! 」「そこまでは言ってない」
「……それとも、乞食に戻った私を笑いたいのっ??!! 」「……誰が? 誰を? 」
泣き出した彼女の頭を撫でているロー・アースに問いかける。
「あ~。その。お取り込み中のところもうしわけないのですが」なぜか丁寧語に。
「なんで聖女様がこんなカッコで路地裏に? 」「うっ!! 」
一気に泣き止み、俺から視線を逸らす彼女。自然にロー・アースと目が合う。
交互に俺たちの目を見る形になるドミニク。
「……言いたくないのならうちの高司祭さまに保護してもらいますが」お友達らしいし。
「それだけはやめて」ドミニクは泣きそうな顔をした。「あいつ、ウザイ」確かにっ!
「あと私より乳でかくて手脚長いから腹立つ」……それ、関係ない。ほんとにコイツ聖女か。
「本物の聖女に決まってるでしょう! 」いや、ぜんぜんそういう性格に見えない。
「今いるアレがニセモノなのっ!!! 」どーいうこと???




